【未陳述の訴状のブログでの公表について、公衆送信権及び公表権の侵害を認め、著作権法40条1項の適用を否定した事例】
投稿日:2026年8月24日 |
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著者:弁護士 盛田 真智子
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参照条文/キーワード/論点 |
著作権法18条1項/23条1項/40条1項/41条/未陳述の訴状/公表権/公衆送信権/政治上の演説等の利用/時事の事件の報道のための利用 |
ポイント
※本判決は、未陳述の訴状を訴状作成者の承諾なくブログ上で公表した行為について、公衆送信権及び公表権の侵害に当たるかが問題となった事案である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第40部 |
| 判決言渡日 | 令和3年7月16日 |
| 事件番号 | 令和3年(ワ)第4491号 |
| 事件名 | 損害賠償請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
佐藤 達文
小田 誉太郎 齊藤 敦 |
事案の概要
原告は,別件の名誉毀損訴訟(東京地裁令和2年(ワ)第20028号。以下「別件訴訟」という。)の原告代理人を務める弁護士である。被告は,同訴訟の被告の一人であり,恋愛や就職活動に関し,「A」名義で,書籍の執筆や,インターネットでの情報発信を行う者である。
【経緯】
・令和2年8月11日(別件訴訟の提起)
「B」という名前で作家等の活動を行っているCは,原告を訴訟代理人に選任の上,被告によるツイッターでの投稿及びニュースサイトの運営者による同投稿の転載などにより名誉が毀損され,精神的苦痛を被ったなどとして,被告ほか3名を被告として不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(別件訴訟)を提起した。
・令和2年9月24日(被告が陳述前の訴状を公表)
被告は,原告に無断で,自らのブログ「Aのぐだぐだ」内の「Bさんから2020年8月11日に発送された訴状に対する見解」と題する記事(以下「本件ブログ記事」という。)において,別件訴状のデータファイル(ただし,被告の氏名や被告以外の別件訴訟の被告に関する部分はマスキングされている。)へのリンクを張り,別件訴状の内容を公表した。
本件ブログ記事には,別件訴状を受領したことや被告の認識する別件訴訟に至るまでの経緯の記載のほか,「A側の見解」として,「改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。」,「仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。」,「『デマを意図的に拡散した』かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。」などと記載されていた。
また,被告は,同日,ツイッターにおいて,本件ブログ記事を紹介する投稿を行った。
・令和2年12月15日(訴状の陳述)
別件訴状は,別件訴訟の第1回口頭弁論期日において,陳述された。
・本件訴訟の提起
原告は,被告に対し,被告の上記行為は,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)を侵害するものであるとして,著作権侵害に基づく慰謝料15万円,著作者人格権に基づく慰謝料15万円の支払等を求めた。
被告は,①裁判の公開の原則(憲法82条)があり、民事訴訟法91条1項により原則として何人も訴訟記録を閲覧することができ,かつ,訴訟記録の閲覧等制限手続(同法92条)がされていないことから,訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いため権利侵害に当たらない,②著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用により著作権の行使はできず,未陳述の訴状を公表した場合であっても,公開の法廷における陳述を経た場合には,その瑕疵が遡及的に治癒される,③著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用により著作権の行使はできない,④訴状は公開の陳述を前提とする書面であるから,原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していた等と主張した。
争点
(1) 別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否(争点1)
(2) 著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否(争点2)
(3) 著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無(争点3)
(4) 別件訴状の公表に関する原告の同意の有無(争点4)
(5) 原告に生じた損害の有無及び額(争点5)
判旨
1 争点1(別件訴状に係る著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害の成否)について
「前提事実及び証拠(甲13,14)によれば,別件訴状を複製して作成したデータをアップロードし,本件ブログ記事に同データへのリンクを張った被告の行為は,別件訴状について,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信をするものであり(著作権法2条1項7号の2),未公表の別件訴状を公衆に提示(同法4条)するものであるから,別件訴状に係る原告の著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成する。
被告は,裁判の公開の原則(憲法82条)や訴訟記録の閲覧等制限手続(民訴法92条1)があることを理由として,訴状を非公表とすることに対する原告の期待を保護する必要性は低いと主張するが,裁判の公開の原則や閲覧等制限手続が存在することは,被告の行為が著作権(公衆送信権)及び著作者人格権(公表権)侵害を構成するとの上記結論を左右しない。」
2 争点2(著作権法40条1項(政治上の演説等の利用)の類推適用又は準用の可否)について
「(1) 著作権法40条1項は,『裁判手続(…)における公開の陳述は,同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。』と規定しており,自由に利用することができるのは裁判手続における『公開の陳述』であるから,未陳述の訴状について同項は適用されない。
これに対し,被告は,訴状が裁判手続での陳述を前提に作成されるものであることなどを理由として,未陳述の訴状についても,同項が類推適用又は準用されると主張するが,裁判手続における公開の陳述については,裁判の公開の要請を実質的に担保するためにその自由利用を認めることにしたものと解すべきであり,かかる趣旨に照らすと,公開の法廷において陳述されていない訴状についてまでその自由利用を認めるべき理由はない。
(2) 被告は,未陳述の訴状を公表した場合であっても,公開の法廷における陳述を経た場合には,その瑕疵が遡及的に治癒されると主張するが,別件訴状が公開の法廷で陳述されることにより,それ以降の自由利用が可能となるとしても,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒され,原告の受けた損害が消失すると解すべき理由はない。
(3) 以上によれば,別件訴状の公表に著作権法40条1項が類推適用又は準用されるとの被告主張は採用し得ない。」
3 争点3(著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)の適用の有無)について
「著作権法41条は,『時事の事件を報道する場合には,当該事件を構成…(す)る著作物は,報道の目的上正当な範囲内において,…利用することができる。」 と規定するところ,被告は,別件訴状の公表は「時事の事件を報道する場合」に当たると主張する。
しかし,本件ブログ記事には,前記前提事実(4)のとおり,『改めて訴状をいただいたことは大変遺憾です。』,『仮にBさんの感情を害するものがあっても受忍限度内であると考えます。』,『「デマを意図的に拡散した」かのごとく記載されたことについては,業界の大御所であるBさんからパワハラを受けたと感じています。』などと記載されており,その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。
したがって,別件訴状の公表は,『時事の事件を報道する場合』に該当せず,著作権法41条は適用されない。
4 争点4(別件訴状の公表に関する原告の同意の有無)について
「被告は,訴状が公開の陳述を前提とする書面であることを根拠に,原告が別件訴状の公表に黙示的に同意していたと主張するが,訴状が公開の陳述を予定しているとしても,そのことから,公開の陳述前の公表についての同意が推認されるものではなく,他に,公開の陳述前に別件訴状を公表することについて原告が同意していたと認めるに足りる証拠はない。」
5 争点5(原告に生じた損害の有無及び額)について
「(1) 公衆送信権の侵害は,財産権の侵害であるから,特段の事情がない限り,その侵害を理由として慰謝料を請求することはできないところ,本件において,同権利の侵害について慰謝料を認めるべき特段の事情があるとは認められない。
(2) 公表権侵害による慰謝料請求に関し,前提事実及び証拠(甲17~40)によれば,原告は,別件訴状の公表により,別件訴状の陳述以前の段階から,別件訴状を閲覧した者から『訴状理由が酷すぎてわろた』(甲27)などの批判等を受けるなどして,精神的苦痛を受けたものと認められる。他方,別件訴訟は原告が訴訟代理人として自ら提起したものであり,訴状はその性質上公開の法廷における陳述を前提とする書面であること,別件訴状の公表から別件訴状の陳述までの期間は3か月程度にとどまること,原告は別件訴状について閲覧等制限などの手続を行っていないことを含め,本件に現れた一切の事情を考慮すると,別件訴状の公表権侵害に対する慰謝料は2万円と認めるのが相当である。」
1 当時の民訴法92条1項(現行民訴法92条1項)
次に掲げる事由につき疎明があった場合には,裁判所は,当該当事者の申立てにより,決定で,当該訴訟記録中当該秘密が記載され,又は記録された部分の閲覧若しくは謄写,その正本,謄本若しくは抄本の交付又はその複製(以下「秘密記載部分の閲覧等」という。)の請求をすることができる者を当事者に限ることができる。
一 訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され,又は記録されており,かつ,第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより,その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。
二 訴訟記録中に当事者が保有する営業秘密(不正競争防止法第二条第六項に規定する営業秘密をいう。第百三十二条の二第一項第三号及び第二項において同じ。)が記載され,又は記録されていること。
解説/検討
・第23条1項 著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
・第2条1項7号の2 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で,その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には,同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。」
・第2条1項9号の4 自動公衆送信 公衆送信のうち,公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
・第2条1項9号の5 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
イ 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより,その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され,又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し,情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え,若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し,又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
ロ その公衆送信用記録媒体に情報が記録され,又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について,公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線,自動公衆送信装置の始動,送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には,当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
【公表権】
・第18条1項 著作者は,その著作物でまだ公表されていないもの(その同意を得ないで公表された著作物を含む。以下この条において同じ。)を公衆に提供し,又は提示する権利を有する。当該著作物を原著作物とする二次的著作物についても,同様とする。
・第4条 著作物は,発行され,又は第二十二条から第二十五条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。)を得た者若しくは第七十九条の出版権の設定を受けた者若しくはその公衆送信許諾(第八十条第三項の規定による公衆送信の許諾をいう。次項,第三十七条第三項ただし書及び第三十七条の二ただし書において同じ。)を得た者によつて上演,演奏,上映,公衆送信,口述若しくは展示の方法で公衆に提示された場合(建築の著作物にあつては,第二十一条に規定する権利を有する者又はその許諾(第六十三条第一項の規定による利用の許諾をいう。)を得た者によつて建設された場合を含む。)において,公表されたものとする。
【政治上の演説等の利用】
第40条1項 公開して行われた政治上の演説又は陳述及び裁判手続(行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む。第四十二条第一項において同じ。)における公開の陳述は,同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き,いずれの方法によるかを問わず,利用することができる。
【時事の事件の報道のための利用】
第41条 写真,映画,放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には,当該事件を構成し,又は当該事件の過程において見られ,若しくは聞かれる著作物は,報道の目的上正当な範囲内において,複製し,及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。
訴状が公開の法廷で陳述された後は、著作権法40条1項の「裁判手続における公開の陳述」に該当するため、その後の利用については同項による自由利用が認められる。他方、未陳述の訴状については、同項の類推適用又は準用は否定された。そして,訴状の陳述後も,それ以前に行われた侵害行為が遡及的に治癒されることはないとされた。
本件では、公衆送信権侵害について財産的損害ではなく慰謝料のみが請求されていた。そして,「公衆送信権の侵害は,財産権の侵害であるから,特段の事情がない限り,その侵害を理由として慰謝料を請求することはできない」として,結局損害賠償請求は認められなかった。公衆送信権侵害について慰謝料請求は否定されたものの、侵害自体は成立すると判断された点で、未陳述の訴状についても、公開の法廷で陳述されるまでは著作権法40条1項による自由利用の対象とはならず、具体的な事情の下では著作権及び著作者人格権による保護が及び得ることを示したものといえる。
公表権(著作者人格権)については,低額ながら2万円の損害賠償が認められた。公表権侵害による慰謝料については、第三者から「訴状理由が酷すぎてわろた」などの批判を受けたことによる精神的苦痛が考慮されている点が注目される。訴状はその後公開の法廷で陳述される予定であったため、第三者からの批判それ自体が公表権侵害によって生じたものとは限らないようにも思われるが、本判決は、公開の法廷で陳述される前に、原告の意図しない時期・方法で公表されたことによって、陳述前の段階から批判等にさらされたことを損害として評価したものと考えられる。もっとも、公開の法廷での陳述に先行して公表されたことによって、具体的にどのような精神的損害が生じたのかについては、本判決では明らかにされていない。
なお、未公表の訴訟関係書面の公表については、知財高裁令和3年12月22日判決(令和3年(ネ)第10046号)がある。同判決は、未公表の懲戒請求書をブログ上で公開した事案について、当該懲戒請求書が著作物であり、未公表の著作物であることを前提としつつ、懲戒請求を受けた弁護士が反論を公表する目的の正当性、懲戒請求書の作成者自身がその内容を新聞社に提供していたこと、リンクによる公開方法等の具体的事情を総合考慮し、公衆送信権及び公表権に基づく権利行使を権利濫用として許さないと判示した。同判決は最高裁の上告受理申立て不受理により確定している。したがって、本判決は、未陳述・未公表の訴訟関係書面について著作権法40条1項の適用を否定した点で重要である一方、未陳述・未公表であることから直ちに権利行使が認められることを示したものではなく、具体的事情によっては権利濫用が問題となり得ることにも留意する必要があると思われる。
