【新聞掲載写真を撮影した画像をSNSに投稿する行為につき、著作権法32条1項の「引用」該当性を肯定し著作権侵害を否定した事例】

 

投稿日:2026年4月30日

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著者:弁護士 盛田 真智子
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

著作権法32条1項/引用/SNS投稿/報道写真/批評目的/主従関係/出所明示/公正な慣行/正当な範囲/送信可能化権/二次利用可能性

 

ポイント

※宗教法人である原告が、その会員である被告に対し、「被告がツイッターにおいて、原告が出版する聖教新聞に掲載された各写真を複製しこれを掲載した行為が、原告保有に係る本件各写真の著作権(送信可能化権)を侵害する」旨を主張して、不法行為に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案で、著作権法32条1項の引用該当性が争われた。
※裁判所は、批評目的の存在、低画質・一部利用という態様、権利者への影響の軽微性等を総合考慮し、引用該当性を肯定した。
※特に、写真自体が独立鑑賞の対象となるか、二次利用の可能性があるかが重要な判断要素として位置付けられた。

 

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第40部
判決言渡日 令和6年9月26日
事件番号 令和5年(ワ)第70388号
事件名 損害賠償請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
中島 基至
古賀 千尋
坂本 達也
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 原告は、宗教法人法に基づいて設立された宗教法人であり、聖教新聞の出版及び販売業を行っている。本件各写真は、いずれも聖教新聞の紙面に掲載されたものである。

 被告は、原告(創価学会)の会員であり、聖教新聞を購読しており、聖教新聞の販拡(啓蒙)活動をしていたことがある。

 被告は、平成30年10月22日から令和元年10月21日までの間、「@B」というアカウント名で、同目録記載の本文(以下「批評」という。)及び同目録記載の写真(聖教新聞の記事の一部(写真を含む)をスマートフォンで撮影した画像)を併せてツイッターに投稿した(以下、「本件投稿1」ないし「本件投稿25」といい、全ての投稿を併せて「本件各投稿」という。)。

   

争点

1 本件各写真の著作物性(争点1)
2 著作権の帰属(争点2)
3 複製の成否(争点3)
4 引用の成否(争点4)
5 付随対象著作物の利用の成否(争点5)
6 損害額(争点6)

 以下では、争点4に関する点について記載する。

判旨

 裁判所は、本件の中核的争点が引用の抗弁であるとして、その判断基準を示した上、原告に対しては、被告による利用行為が原告に及ぼす影響に限り、被告に対しては、本件各写真の利用目的等に限り、主張立証を補充するよう求めた。

1 認定事実
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1)原告は、聖教新聞の出版及び販売等を行っている宗教法人であり、被告は、原告(創価学会)の会員である。かつて、被告は、聖教新聞の販拡(啓蒙)活動をしており、現在も聖教新聞を購読している。聖教新聞には、本件各写真が掲載されていたところ、本件各写真は、報道を視覚的に伝達するいわゆる報道写真であり、独立の法人格のない聖教新聞社のカメラマンが職務上撮影したものであり、原告がその著作権を保有している。

(2)被告は、原告(創価学会)の会員に身近な存在である聖教新聞を題材に意見を述べれば、被告が現在の原告(創価学会)に抱く意見を多くの人々に理解してもらい、原告(創価学会)が改善されるのではないかと思うようになった。そこで、被告は、自身が購読する聖教新聞のごく一部の記事(ただし写真のみの部分を含む。以下同じ。)をスマートフォンで撮影し、その記事に対する批評をツイッターに投稿することとした。

(3)そして、被告は、平成30年10月22日から令和元年10月21日までの間、「@B」というアカウント名を使用して、別紙投稿記事目録記載の日時において合計25回、同目録本文記載の批評及びこれに関連する1枚の写真をツイッターに併せて投稿した(本件各投稿)。なお、被告は、ツイッターに掲載した上記批評に聖教新聞からの引用である旨記載したり(本件投稿7、9、10、14、18、19、21ないし25)又は「聖教新聞」という文字を映り込ませてその写真を掲載したり(本件投稿10、11、13、21ないし24)した。

(4)被告がスマートフォンで撮影しその写真に映し出された聖教新聞の記事には、いずれも上記批評と関連するものが含まれており、上記記事は、上記批評をする目的でスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で利用されたものである。そして、スマートフォンで撮影された上記記事には、聖教新聞に掲載された本件各写真が映されているものの、本件各写真の構図は総じてありふれたものであり、ツイッターに投稿された上記写真に映し出された本件各写真は、被告が聖教新聞の紙面に掲載されていたものをスマートフォンで撮影し更にツイッターに投稿したものであるから、全体として不鮮明であり、その画質は粗く細部は捨象されており、それ自体独立して鑑賞の対象となるものとはいえない。

(5)ツイッターに投稿された上記写真に映し出された本件各写真が、その後ツイッターの閲覧者等によってその画像がダウンロードされるなどして、二次的に利用された事実を認めるに足りない。

2 引用の成否に関する判断
 著作権法32条1項は、公表された著作物は、公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で、引用して利用することができる旨規定するところ、公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内であるかどうかは、社会通念に照らし、他人の著作物を利用する目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮して判断されるべきである。
 これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告(創価学会)の会員である被告は、被告が購読する聖教新聞のごく一部の記事をスマートフォンで撮影し、その写真とともに、上記記事に関する原告(創価学会)に対する批評をツイッターに投稿することとし、平成30年10月22日から令和元年10月21日までの間、別紙投稿記事目録記載の日時において合計25回、「@B」というアカウント名で、同目録記載の批評(本文)及び写真をツイッターに投稿(本件各投稿)したことが認められる。
 そして、前記認定事実によれば、スマートフォンで撮影された上記記事には、いずれも上記批評と関連するものが含まれており、上記記事は、上記批評をする目的でスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で利用されたものである。のみならず、前記認定事実によれば、スマートフォンで撮影された上記記事には、聖教新聞に掲載された本件各写真が含まれているものの、本件各写真の構図は総じてありふれたものであり、ツイッターに投稿された上記写真に映し出された本件各写真は、被告が聖教新聞の紙面に掲載されていたものをスマートフォンで撮影し更にツイッターに投稿したものであるから、全体として不鮮明であり、その画質は粗く細部は捨象されていることが認められる。そうすると、仮に本件各写真に創作的表現部分があったとしても、ツイッターに投稿された上記写真に映し出された本件各写真は、そのごく僅かな部分を複製するものにすぎない。
 さらに、ツイッターに投稿された上記写真に映し出された本件各写真の上記態様に鑑みると、その不鮮明な本件各写真が独立して二次的に利用されるおそれは、極めて低いというべきであり、本件全証拠によっても、二次的に利用されたことによって原告が経済的利益を得る機会を現に失ったことを認めるに足りない。
 また、前記認定事実によれば、被告は、ツイッターに掲載した批評自体に聖教新聞からの引用である旨記載し又は「聖教新聞」という文字を上記写真に映り込ませてその投稿を継続していたことが認められる。そうすると、ツイッターに掲載された批評の内容が原告(創価学会)に対するものであり、原告(創価学会)の機関誌(聖教新聞)の報道写真としての性質を有する本件各写真の性質等を踏まえると、一般の読み手の普通の注意と読み方を基準とすれば、被告の一連の投稿内容に照らし、本件各写真の出所が聖教新聞であることは、十分にうかがわれるものといえる。
 これらの事情の下においては、上記認定に係る本件各写真の性質、その利用目的、ツイッターへの掲載態様、著作権者である原告に及ぼす影響の程度などを、社会通念に照らして総合考慮すれば、被告が聖教新聞掲載に係る本件各写真をスマートフォンで写してこれをツイッターに掲載して利用する行為は、公正な慣行に合致し、かつ、引用の目的上正当な範囲内であると認めるのが相当である。
 したがって、被告による本件各写真の利用は、著作権法32条1項にいう引用に該当するものであるから、違法なものとはいえない。

3 原告の主張に対する判断
(1)原告は、例えば別紙投稿記事目録記載1の本文が「最凶タッグ」との文言のみであるように、被告の批評及び投稿された写真によっては、その写真の利用目的を客観的に了知することができない旨主張する。しかしながら、原告主張に係る「最凶タッグ」という批評でいえば、被告が併せて投稿した写真は、一般の読み手の普通の注意と読み方を基準とすれば、「最凶タッグ」という批評の対象となる2名の人物を直接示すために使用されたものであることは明らかである。そうすると、原告の主張は、被告投稿に係るその余の写真を含め、被告のスマートフォンで撮影した記事が被告の批評と関連するものであるという上記認定を左右するものではない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(2)原告は、本件各写真を利用した目的につき、本件各写真を使用しなければその目的を達成できないものは1件もなく、聖教新聞の文章だけではなく、本件各写真まで引用しなければならない理由はないのであり、現に被告は、聖教新聞の写真を掲載せずに原告(創価学会)の活動を非難する投稿を頻繁に繰り返している旨主張する。しかしながら、スマートフォンで撮影された聖教新聞の記事が、少なくとも被告の批評と関連するものであることは、前記認定のとおりであり、原告の主張を踏まえても、その他の事情をも総合考慮すれば、原告の主張は、前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(3)原告は、被告がツイッターに掲載した各批評と、本件各写真との関連性は低いため、関連性の低い写真は、紙片を置くなどして撮影したり、撮影後投稿前に無関係の写真をマスキングしたり、トリミング処理することは容易であるから、被告は、各批評と関連性の乏しい本件各写真を漫然と投稿するものであり、その利用の方法や態様は、悪質である旨主張する。しかしながら、スマートフォンで撮影された記事(これに含まれる本件各写真を含む。)は、スマートフォンの写真1枚に写り込む限度で利用されたものであることは、前記認定のとおりであり、原告の主張を考慮しても、その他の事情をも総合考慮すれば、前記判断は動くものではない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(4)原告は、被告が投稿した批評(本文)はいずれも短い文章で原告の活動に対する誹謗中傷又は抽象的かつ主観的な意見等を簡潔に記載するのみであり、本件各写真に関する論評は見当たらないことからすると、被告には、本件各写真それ自体を独立して鑑賞の対象とする目的があったことの証左であり、その利用方法や態様としても不適切である旨主張する。しかしながら、ツイッターに投稿された写真に映し出された本件各写真は、被告が聖教新聞に掲載されていたものをスマートフォンで撮影し更にツイッターに投稿したものであるから、全体として不鮮明であり、その画質は粗く細部は捨象されていることは、前記において説示したとおりである。上記認定に係る本件各写真の利用態様等を踏まえると、本件各投稿は、写真ではなく被告の批評に主眼があるものと認めるのが相当であり、本件各写真それ自体を独立して鑑賞の対象とする目的があるものとはいえず、原告の主張は、その前提を欠く。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(5)原告は、ツイッターに投稿された聖教新聞の記事の一部には、聖教新聞が出所であることの明記がないことからすると、被告による本件各写真の利用は、公正な慣行に合致するものとはいえない旨主張する。しかしながら、被告は、ツイッターに掲載した批評自体に聖教新聞からの引用である旨記載し又は「聖教新聞」という文字を映り込ませたものもあり、被告の原告(創価学会)に対する批評の内容及び原告(創価学会)の機関誌(聖教新聞)の報道写真としての本件各写真の性質を踏まえると、被告の一連の投稿内容に照らし、本件各写真の出所が聖教新聞であることが十分にうかがわれることは、前記において認定したとおりである。そうすると、ツイッターに投稿された批評や当該投稿に係る写真に出所表示が明示されていないものが一部含まれることは、原告の主張のとおりであるものの、上記出所表示に関する認定のほか、社会通念に照らしその余の事情を総合すれば、原告の主張は、前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(6)原告は、本件各写真につき、原告(創価学会)の活動を推進、啓蒙する機関誌(聖教新聞)に掲載する目的で、創意工夫を凝らして撮影されたものであるのに、被告は、いずれも、原告の活動を侮辱的、揶揄的に批評する目的で利用するものであるから、本件各写真の著作権者である原告の意図に明確に反しており、正当な引用として許されない旨主張する。しかしながら、被告の批評の内容が、侮辱的、揶揄的なものかどうかが名誉感情侵害や名誉権侵害という法的問題で考慮されるのは格別、表現の自由等の重要性に鑑みると、引用の成否という著作権法上の法的問題において、表現の自由の保障が等しく及ぶ批評につきその内容自体の当不当を直接問題とするのは相当ではなく、原告の主張は、少なくとも著作権上の引用の成否という法的問題においては、当を得ないものといえる。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(7)原告は、本件各写真は多数転載(リツイート)されており、転載者や転載先の閲覧者において、画像をダウンロードするなどして原告の意に反して二次的に利用されることも容易に想定できる旨主張する。しかしながら、ツイッターに投稿された写真に映し出された本件各写真の態様に鑑みると、その不鮮明な本件各写真に創作的表現部分が仮に存在したとしても、これが独立して二次的に利用されるおそれは、極めて低いというべきであり、本件全証拠によっても、二次的に利用されたことによって原告が経済的利益を得る機会を現に失ったことを認めるに足りないことは、前記において説示したとおりである。そうすると、原告の主張は、前記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、採用することができない。

(8)その他に、原告提出に係る準備書面及び証拠の内容を改めて検討しても、原告の主張は、著作権法32条の法意を踏まえると、表現の自由等の重要性に照らしても、その余の主張を含め、いずれも前記判断を左右するに至らない。原告の主張は、いずれも採用することができない。

 

解説/検討

第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

 本件判決では、著作権法32条1項の引用該当性について、利用目的、方法や態様、著作物の種類や性質、著作権者に及ぼす影響の程度などを総合考慮する従来の枠組みを採用した。その上で、SNSにおける写真利用の具体的判断要素を示した点に意義がある。従来の裁判例・通説において重視されてきた明瞭区別性、主従関係、出所の明示(同法48条)についても、総合考慮の中で実質的に評価されていると理解できる。

 別件の令和5年5月18日判決(令和3年(ワ)第20472号)は、本件と同様に総合考慮により引用の成否を判断したものの、適法な引用とは認められないと判示された。被告(たばこ会社)の販促冊子に、たばこの写真掲載を許諾した原告(カメラマン)が、被告が原告の許諾した期間を超えて本件写真を使用したとして、また、被告が原告の意に反して本件写真をトリミングして使用したとして、損害賠償を請求した事案である。この20472号判決では、写真の横に記載された説明文について「商業的価値の高い本件各写真との関係上は、上記一文は本件各写真の添え物にとどまる」とされ、「商業的価値が高い本件各写真がそれ自体独立して鑑賞の対象となる態様で大きく掲載されており、本件各写真のデジタルデータは、無断複製防止措置がされずインターネット上に相当広く複製等されていることからすると、本件各写真の著作権者である原告に及ぼす影響も重大である」と判示された。
 一方、本件判決では、「画質は粗く細部は捨象されており、それ自体独立して鑑賞の対象となるものとはいえない」「不鮮明な本件各写真が独立して二次的に利用されるおそれは、極めて低い」と判示されている。したがって、不鮮明な写真であることからみて、独立鑑賞の対象とならない利用態様であり、二次的利用による原告への影響も小さいことが、引用該当性の判断の分かれ目になった可能性がある。

 また別件の東京地判令和6年8月1日判決(令和5年(ワ)第70422号)も、「引用」に該当しないと判示した。原告が撮影した写真を利用して作成した動画をYouTubeに投稿した事案である。第70422号判決は「EないしColaboの活動に対する批判的な立場から作成されたものと理解し得るところ、本件写真を利用する必要性は必ずしも高くはないとみられる上に、通常の報道ないし批評の域を超えて、EないしColabo を揶揄する文脈において本件写真を利用していることがうかがわれる。また、本件各動画において、本件写真の撮影者、権利者ないし引用元を示す記載等も置かれていない。これらの事情を総合的に考慮すると、本件各動画における本件写真の利用は、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評…その他の引用の目的上正当な範囲内で行われ」(法32条1項)たものとはいえないから、適法な「引用」(法32条)に当たらない。」と判示した。
 一方、本件判決では、「上記記事は、上記批評をする目的でスマートフォンの写真1枚に写り込む限度で利用された」「ツイッターに掲載した批評自体に聖教新聞からの引用である旨記載し又は「聖教新聞」という文字を上記写真に映り込ませてその投稿を継続していた」と認定されている。批評という利用目的や、引用であることを示す方法や態様の有無が、70422号と本件の判断の分かれ目になったと考えられる。

 本件判決は、一部の投稿において明示的な出所表示がないにもかかわらず、投稿全体の文脈や画像中の表示から出所が推認できるとして出所明示要件を充足すると判断しており、この点は従来の厳格な出所明示要求と比較してやや緩やかな判断とも評価し得る。さらに、本件は、批評文が比較的短文である場合であっても引用該当性を肯定している点で、主従関係の判断について柔軟な運用を示した可能性があるが、これらの点についても、本件の事案における具体的事情(利用態様や引用部分の性質等)を踏まえた判断であると思われ、一般的な基準の変更とまでは直ちに評価することは相当でない。この点については今後の裁判例の蓄積を踏まえた検討が必要である。

 

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