【知財保証・補償条項に係る債務不履行責任を否定した事件】

 

投稿日:2026年6月16日

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著者:弁護士 多田 宏文
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

知財保証条項/知財補償条項

ポイント

 本件は、控訴人が、被控訴人から製品を購入していたところ、当該製品が補助参加人の特許権を侵害し、その購入及び販売ができなくなったとして、控訴人・被控訴人間の売買契約の知財補償条項の債務不履行等に基づいて、損害賠償を請求した事案である。裁判所は、債務不履行責任等を否定した。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和5年11月8日
事件番号 令和5年(ネ)第10064号
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
遠山 敦士
天野 研司
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 本件は、控訴人(一審原告の内の一名)が、被控訴人(一審被告)に対し、被控訴人との間で被控訴人の製造する商品(「本件製品」)の売買契約を締結していたところ、本件製品が補助参加人の特許権に抵触し、将来にわたって被控訴人から当該商品を購入して第三者に販売することができなくなったとして、下記の特約(「本件特約」)の債務不履行に基づく損害賠償請求として約1億800万円等を請求した事案である。なお、特許権侵害が訴訟上確定したものではなく、侵害警告を受けて、控訴人らが自主的に販売を中止した事案である。
 

【本件特約】(付番は筆者による。)
①被控訴人は、前記アの商品が第三者の特許権、商標権等の工業所有権に抵触しないことを保証する
②万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし、控訴人には損害をかけない。
 原審が請求をいずれも棄却したところ、控訴人が上記の内、5000万円の限度で控訴を提起した。

争点

知財保証条項、知財補償条項の解釈

判旨

 知財高裁は、以下のとおり判断して、債務不履行責任等を否定した。(なお、以下の引用部分の下線・強調、図の挿入は筆者による。)

「(2)対応義務の内容について
 前提事実及び上記(1)の認定事実によっても、本件契約の締結に当たり本件特約の文言や内容についてXと被告代表者との間で具体的なやり取りがされたものとはいえず、本件全証拠によってもこれを認めることができないところ、本件特約の文言を前提とした一般的な意思解釈を前提にすると、本件特約は、第一義的には、控訴人が第三者から特許権等の侵害を理由に訴えを提起されて敗訴して確定するなど、本件契約の対象商品について特許権等の侵害の事実が確定し、控訴人が損害を被ることが確定した場合の被控訴人の損失補償義務を規定したものと解される
 もっとも、本件特約の「万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし」との文言や被控訴人が商品の製造元として控訴人よりも技術的な知見等の情報を有している立場であったことからすると、本件特約は、単に事後的な金銭補償義務のみならず、被控訴人が、その負担と責任において、紛争を処理解決する積極的な義務をも規定していると解される。そうすると、控訴人が第三者から被控訴人が控訴人に販売した商品が特許権等に抵触することを理由に侵害警告を受けたときには、被控訴人は、本件特約に基づき、控訴人の求めに応じて、控訴人に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、控訴人が必要な情報の不足により敗訴し、または交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務も負うものと解される。
 他方で、本件特約上の紛争を処理解決する積極的な対応義務は、損害の発生を防止するために控訴人の求めに応じて被控訴人から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供して控訴人が不利な状況とならないようにすべき義務であるから、被控訴人が同侵害の事実を争い、同侵害の事実が確定しておらず、また、被控訴人から技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報の提供が行われていたにもかかわらず、控訴人が、その経営判断等により、特許権侵害等を主張する第三者との間で控訴人の不利益を甘受して被控訴人が控訴人に販売した商品の取り扱いについて合意したような場合において、控訴人の損害の補償義務までを被控訴人が負うものではなく、また、特許権侵害等を主張する第三者への被控訴人からの対抗手段としては、自らに有利な主張をし、その根拠資料を示して交渉するなどの手段も存在するものであって、そのような場合に、当該第三者からの解決策の提案に必ず応じなければならないものではなく、加えて、特許権侵害等を主張する第三者に訴訟提起や無効審判請求等までの対抗手段を講ずべき義務を被控訴人が負うものとも解されない。」

(3)対応義務違反の有無
ア…上記の(ア)から(エ)までの各事実によると、被控訴人は、本件特約に基づき、控訴人の求めに応じて、控訴人に商品に係る技術的な知見や特許権等の権利関係その他の必要な情報を提供し、控訴人が必要な情報の不足により交渉上不当に不利な状況となり、損害が発生することのないよう協力する義務を果たしていたものと評価できる
イ また、前記認定事実によると、平成29年4月頃までの補助参加人への対応については、控訴人とWCDを共同開発していた穴吹工務店とその依頼を受けたC弁理士が主導しており、それ以降については、控訴人は、補助参加人の主張を問題とせずにSWCの採用を決断した長谷工の意向に従って、SWCの取引を推進したことが認められる。それにもかかわらず、一旦はSWCの採用を決断した長谷工を始めとする控訴人の取引先が、控訴人や被控訴人を除いた補助参加人との直接交渉により、最終的にWCやSWCの取引継続を中止することを決めたものであること、さらに、Xの原審本人尋問の結果によると、控訴人は、平成30年に長谷工が補助参加人との直接交渉の結果、それまでの方針を変更してSWCの販売中止を決めたことから、控訴人のような企業が大企業に抵抗することはできないと判断し、補助参加人からの損害賠償請求を受けないことや長谷工からの在庫の補償が受けられることも考慮し、それ以上の販売事業の継続を断念したといえることからすると、控訴人が本件契約に基づく販売事業を断念したのは控訴人がその経営判断により自ら決定した対応であるといえる。
ウ 以上によると、被控訴人に本件特約上の義務違反があるとはいえず、被控訴人が控訴人に対し、本件契約上の債務不履行責任を負うものとはいえない。」

解説/検討

 本件特約の補償条項においては、「抵触した場合」には、被控訴人が「処理解決」し、控訴人には「損害をかけない」と規定されている。文言上、「抵触した」ことが要件となっており、「抵触」が確定しなければ、補償義務がトリガーしないように読める。一方、「被控訴人の負担と責任において処理解決する」との文言は、侵害確定(訴訟終結)後の事後処理ではなく、事前の紛争処理を規定しているようにも読める。
 本件では、特許権侵害警告を受け、訴訟に発展していない段階で、自主的に販売を断念した場合に、この特約が適用されるのかが争いとなった。
 裁判所は、本件特約は、第一義的には、侵害が確定した場合の義務を定めているものの、「万一、抵触した場合には、被控訴人の負担と責任において処理解決するものとし」との文言、及び、「被控訴人が商品の製造元として控訴人よりも技術的な知見等の情報を有している立場であったこと」を理由に、「本件特約は、単に事後的な金銭補償義務のみならず、被控訴人が、その負担と責任において、紛争を処理解決する積極的な義務をも規定している」と解釈した。
 もっとも、この判示の前に、「本件契約の締結に当たり本件特約の文言や内容についてXと被告代表者との間で具体的なやり取りがされたものとはいえず」と前置きしており、契約交渉過程で「抵触した場合」という文言の意義に関するやり取りがなされていたとすれば、そのような事情も考慮するという趣旨と思われる。
 いずれにしても、補償条項のトリガーを侵害確定時に制限したい場合には、より明確に、その旨を規定することが望まれる。

 なお、この点に関するリーディングケースとして、ソフトバンク対兼松事件(知財高判平成27年12月24日・平成27年(ネ)第10069号)があるが、当該事案の条項は下記のとおりであった。
 

第18条
1 売主は、買主に納入する物品並びにその製造方法および使用方法が、第三者の工業所有権、著作権、その他の権利を侵害しないことを保証する。
2 売主は、物品に関し、第三者との間で知的財産権侵害を理由とする紛争が生じた場合、自己の費用と責任でこれを解決し、または買主に協力し、買主に一切の迷惑をかけないものとする。買主に損害が生じた場合には売主は、買主に対し、その損害を賠償する。

 18条1項について、知財高裁は、当該事案では特許権の「侵害」がないため、トリガーしないと判断した。
 18条2項について、知財高裁は、これは「包括的な義務」を規定したものであり、「具体的な義務の内容は,当該第三者による侵害の主張の態様やその内容,控訴人との協議等の具体的事情により定まる」としたうえで、当該事案における具体的義務として、「①控訴人においてWi-LAN社との間でライセンス契約を締結することが必要か否かを判断するため,本件各特許の技術分析を行い,本件各特許の有効性,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を,裏付けとなる資料と共に提示し,また,②控訴人においてWi-LAN社とライセンス契約を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を収集,提供しなければならない義務」を認定している。

 取引関係にある会社間で、知財補償、保証条項がトリガーして訴訟にまでなる場面は多くはないものの、万が一訴訟になった場合には、その意義が争われることになる。これを念頭に置いて、契約を作成することが望まれる。

 

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