【IL-4Rアンタゴニスト用途特許審決取消訴訟事件】

 

投稿日:2026年6月16日

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著者:弁護士 多田 宏文
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

抗体特許のサポート要件/実施可能要件

ポイント

 本件は、抗体の用途特許についての審決取消訴訟であり、知財高裁も、特許庁の審決と同じく、進歩性、サポート要件、実施可能要件の充足を認め、原告の請求を棄却した。なお、本稿では、サポート要件、実施可能要件の点に絞って説明する。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和6年8月7日
事件番号 令和5年(行ケ)第10019号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
宮坂 昌利
本吉 弘行
岩井 直幸
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 事案概要は、以下のとおりである。

1 本件特許
・特許番号 第6353838号
・発明の名称 「IL-4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法」
・特許権者:
リジェネロン・ファーマシューティカルズ・インコーポレイテッド
サノフィ・バイオテクノロジー
・請求項の記載:【請求項1】
 患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン-4受容体(IL-4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。

2 無効審判
令和3年1月15日 原告が無効審判請求(無効2021-800003号)
令和4年4月 5日 被告ら訂正請求(上記下線部)
令和5年1月13日 特許維持審決(訂正を認め、無効審判請求は成り立たない)

争点

抗体医薬のサポート要件、実施可能要件

判旨

 知財高裁は、以下のとおり判断して、サポート要件及び実施可能要件の充足を認めた。(なお、以下の引用部分の下線は筆者による。)
「2  取消事由2(サポート要件違反)について
(1)原告は、本件明細書に開示された薬理試験結果はmAb1に関するもののみであるところ、本件訂正発明はmAb1とは結合親和性や薬物動態が異なる抗体等を含むものであり、これが臨床で治療に使用可能であるとは当業者は認識しない、その結果、本件特許の権利範囲は本件明細書の開示と比して著しく過大となっているとして、サポート要件の適合性に関する本件審決の誤りを主張する。
 この点、特許法36条6項1号は、特許請求の範囲に記載された発明は発明の詳細な説明に実質的に裏付けられていなければならないというサポート要件を定めるところ、その適合性の判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解されるので、以下、この見地から検討する。
(2)本件明細書に示されている本件訂正発明の課題及び当該課題の解決手段は、次のとおりである。
ア まず、前記第2の2(2)のとおり、本件明細書には、アトピー性皮膚炎(AD)は、強い掻痒感(例えば、激しい痒み)ならびに鱗状及び乾燥した湿疹病変を特徴とする慢性/再発性炎症性皮膚疾患であり、アトピー性皮膚炎の病態生理は、免疫グロブリンE(IgE)による感作、免疫系、及び環境因子の間の複雑な相互作用により影響されること、主な皮膚の欠陥は、遺伝子突然変異と局部炎症との両方の結果である上皮バリアの機能障害を伴う、IgEによる感作を引き起こす免疫障害によるものであるところ、従来のアトピー性皮膚炎のための典型的な処置としては、局所ローション及び保湿剤、局所コルチコステロイド軟膏、クリームまたは注射が含まれるが、これらは、一時的な、不完全な、症状の緩和を提供するに過ぎず、さらに、中等度から重度のアトピー性皮膚炎を有する多くの患者は、局所コルチコステロイドまたはカルシニューリン阻害剤による処置に対して耐性になるという問題があったこと、そこで、アトピー性皮膚炎の処置及び/又は防止のための新規標的療法が当業界で必要とされていたことが記載されており、以上の記載及び特許請求の範囲の記載からみると、本件訂正発明の課題は、「中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)患者であって、局所コルチステロイドまたはカルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないか又は前記局所処置が勧められない患者を処置する方法に使用するための治療上有効な医薬組成物を提供すること」であると認められる。
イ そして、当該課題を解決する手段は「治療上有効量のインターロイキン-4受容体(IL-4R)アンタゴニストを含む医薬組成物」の患者への投与(前記第2の2(2)エ)である。なお、ここでいう「インターロイキン-4受容体」(IL-4R)アンタゴニスト」とは、IL-4Rに結合するか、又はそれと相互作用し、IL-4Rがin vitroまたはin vivoで細胞上で発現される場合にIL-4Rの正常な生物学的シグナリング機能を阻害する任意の薬剤であると記載されており、その非限定例として、ヒトIL-4Rに特異的に結合する抗体または抗体の 抗原結合断片が挙げられている。
(3)以上の課題解決を裏付ける根拠として、本件明細書には、以下の開示があることが認められる。
ア 本件明細書の実施例において取得された抗体は、いずれも甲3に記載のように作成されたものであるところ(【0153】)、甲3は、公知の方法により取得した抗IL-4R抗体を、結合親和性及びhIL-4のhIL-4Rへの結合を遮断する効力についてスクリーニングすることにより、hIL-4の活性及びhIL-13の活性をブロックする抗体、すなわち、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体を得ることが開示されていることが認められる。
 そうすると、本件訂正発明における抗体は、いずれも抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であり、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであることが認められる。
 そして、本件明細書の実施例1には、「mAb1」を含む33種の抗IL-4Rアンタゴニスト抗体が、甲3に記載のように作成されることが開示されている。
イ また、実施例8及び実施例10には、本件患者に対し、mAb1を投与した試験において、アトピー性皮膚炎の病変の割合や重症度、掻痒感を評価する指標であるIGA、EASI、BSA、SCORAD、NRS掻痒感の有意な改善をもたらしたことが確認されている(【0324】、【0325】、【0389】)。
ウ さらに、実施例12の「B.アトピー性皮膚炎を有する対象へのmAb1の投与」(【0420】)では、は、2つの別々の臨床試験に由来する試料(注:「本明細書の実施例7を参照されたい。」とあるが、試験内容から実施例8の誤記と解される。)について、mAb1処置によるTARC及び総IgEの低下が確認されたこと、掻痒感(5Dスコア)とCCL17(TARC)レベルに相関が認められたことが確認されている。同様に、実施例12の「C.中等度から重度のアトピー性皮膚炎を有する対象へのmAB1の反復投与」(【0440】)では、実施例10の試験に参加した対象患者(本件患者)から取得した試料について、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、重症度と相関し、疾患の発症に関与し得ることがわかっているTARC及び総IgEの低下を確認し、臨床症状の改善と矛盾のない結果を得ている。
(4)次に、サポート要件の適合性の判断において参酌すべき本件特許の出願時における技術常識をみるに、甲3(カラム1、16~25行)及び甲22(【0001】)には、「IL-4は、休止B細胞におけるクラスII主要組織適合複合体分子の発現を誘導し、そして刺激されたB細胞によるIgE及びIgG1アイソタイプの分泌を増強する。」との記載があり、このことから、IL-4が休止B細胞を刺激し、IgEの分泌を増強することを読み取ることができる。また、甲8(S105右欄下から2行目~S106左欄7行目)及び甲32には、「IL-4とIL-13は、IgEアイソタイプスイッチの誘導、・・・など、アレルギー性疾患において重複する役割を果たす。」との記載があり、このことから、IgEアイソタイプスイッチが誘導されると、IgEの分泌が促進されるので、IL-4がIgEの分泌を促進することを読み取ることができる。以上から、IgEは、IL-4により産生・分泌が促進されるものであるといえる。さらに、甲8(S106左欄24~25行)及び本件明細書の段落【0436】、【0441】には、TARCがアトピー性皮膚炎の疾患重症度と強く関係し、IL-4とIL-13により誘導されるケモカインであることが本件特許の出願時における技術常識であると認められる。
(5)以上の本件明細書の記載及び技術常識を総合すると、本件明細書には、①mAb1は、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であって、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであること、②mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善したこと、③mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、IL-4によって産生・分泌が誘導されることが知られているTARC及びIgEのレベルが低下したことが開示されていることから、これに接した当業者は、本件患者にmAb1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解するものといえる。
 そうすると、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体(本件抗体等)であれば、mAb1に限らず、本件患者に対して治療効果を有するであろうことを合理的に認識でき、前記(2)に記載した本件訂正発明の課題を解決できるとの認識が得られるものと認められる。
(6)ところで、本件明細書に開示された薬理試験結果はmAb1に関するもののみであることは、原告の指摘するとおりである。しかし、サポート要件の適合性につき、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」等を判断するに当たって、どの範囲の実施例等の裏付けをもって十分とするかについては、当該課題解決の認識がいかなるロジックによって導かれるかという点を踏まえて検討されるべきであり、特許の権利範囲に比して実施例が少なすぎるといった単純な議論が妥当するものではない
 これを本件についてみるに、本件においては、①mAb1は、抗IL-4Rアンタゴニスト抗体であって、IL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであること、②mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善したこと、③mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーであり、IL-4によって産生・分泌が誘導されることが知られているTARC及びIgEのレベルが低下したことが開示されていることから演繹的に導かれる推論として、本件患者にmAb1を投与した際のアトピー性皮膚炎の治療効果は、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわち、アンタゴニストとしての作用により発揮されるものと理解されるものであって、課題を解決できると認識できる範囲が幅広い実施例から帰納的に導かれる場合とは異なる。上記作用機序は、本件抗体の一つであるmAb1がIL-4Rに結合し、IL-4のシグナルを遮断する作用を有するものであり、mAb1が投与された本件患者では、アトピー性皮膚炎における臨床症状が改善し、アトピー性皮膚炎のバイオマーカーも低下したのであるから、mAb1以外の抗IL-4Rアンタゴニスト抗体である本件抗体等(mAb1以外の32種)も同様の作用効果を有すると当業者が理解できることは明らかである。本件明細書に開示された薬理試験結果はmAb1に関するもののみであるとの原告の指摘は、上記認定判断を左右するものではない。
(7)また、原告は、サポート要件違反の根拠として、本件抗体等には、結合親和性、血中半減期、保存安定性等が全く異なるものが含まれている点を挙げる。しかし、アトピー性皮膚炎に対する治療に必要な効果が得られる本件抗体等のスクリーニングが必要となることはあっても(この点は実施可能要件の問題として後述する。)、結合親和性、血中半減期、保存安定性等の違いが、上記作用機序を否定するようなものであると認めるに足りる証拠はない
 したがって、本件抗体等の中には結合親和性等の点で違いが存在するとしても、上記(6)で説示したところに照らして、サポート要件違反を導くものとはいえない。
(8)小括
 以上によれば、取消事由2に関する原告の主張は採用することができず、原告主張のサポート要件違反は認められない。

3 取消事由3(実施可能要件違反)について
(1)原告は、①本件特許の特許請求の範囲に記載されている抗体等には、結合親和性が弱いため治療に使用できないものがあり、臨床で治療に使用可能なものを選別しなければならず、また、②治療上の有効量についても、都度臨床試験で確認する必要があり、いずれについても過度の試行錯誤を要するから、本件訂正発明1~7、10~16について実施可能要件違反であると主張する。
 この点、特許法36条4項1号に規定する実施可能要件については、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべきである。
(2)以上の枠組みに基づき、まず原告の主張①についてみると、本件抗体等は、前記のとおり抗IL-4Rアンタゴニスト抗体及びその抗原結合断片を意味し、本件明細書の実施例1においては、甲3に記載のように、「mAb1」を含む33種の抗IL-4Rアンタゴニスト抗体が取得されたことが記載されている。そして、甲3は、本件特許の出願時において公知の方法により取得した抗IL-4R抗体を、結合親和性及びhIL-4のhIL-4Rへの結合を遮断する効力についてスクリーニングすることにより、hIL-4の活性及びhIL-13の活性をブロックする抗体、すなわち抗IL-4Rアンタゴニスト抗体を得ることを開示したものである。また、実施例の記載によれば、本件患者にmAb1を投与すると、mAb1のIL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用、すなわちアンタゴニストとしての作用によりアトピー性皮膚炎治療効果を発揮することを理解することができる。
 そうすると、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、IL-4Rに結合しIL-4を遮断する作用を有する抗IL-4Rアンタゴニスト抗体、すなわち本件訂正発明1における抗体を、公知の方法及びスクリーニングすることにより、過度の試行錯誤を要することなく製造することができ、それを、本件患者に対して投与した場合に治療効果を有することを合理的に理解できるものと認められる。
 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件訂正発明1を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
(3)次に、原告の主張②(治療上の有効量を都度確認する必要があるとの点)を検討するに、本件明細書には、mAb1の具体的用量300mg(実施例10)が開示されており(【0353】)、段落【0019】等にも用量の目安の記載があるから、mAb1以外の抗体についても、アンタゴニスト活性の程度に応じて治療上有効量を設定することが当業者にとって過度の試行錯誤を要するとまで認めることはできない。
(4)そして、本件訂正発明2~7、10~16は、本件訂正発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件訂正発明1について上記(2)で検討したのと同様、当業者において、本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できるといえる。
(5)以上により、本件訂正発明1~7、10~16について実施可能要件違反をいう原告の主張は、採用することができない。」

解説/検討

 本件の対象は、抗体の用途発明であるが、用途以外には抗原のみで特定したものであり、構造等の限定はない。
 抗体特許の記載要件については、AmgenとSanofiとの間の審決取消訴訟判決(知財高裁平成29年(行ケ)第10225号及び10226号)で、構造を直接規定しないAmgenの競合クレームの有効性が認められた。しかし、その後、全く同じ特許について、Regeneronが提起した審決取消訴訟の判決(知財高裁令和3年(行ケ)第10093号及び10094号)において、参照抗体と同じ作用機序を要求するという厳しい要件が課され、サポート要件違反と判断されている。
 しかし、本判決の判断枠組みは、前者と近いように思われ、後者のような厳しい要件は課されていない。  

 

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