【特許を受ける権利の移転につき、民法94条2項が類推適用された件】
投稿日:2026年6月16日 |
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著者:弁護士 小林 英了
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参照条文/キーワード/論点 |
特許/譲渡/民法94条2項 |
ポイント
特許法74条1項に基づき特許権の移転登録手続を求めたところ、民法94条2項が類推適用され、特許を受ける権利を有していることを登録特許権者に主張できないと判断された |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
| 判決言渡日 | 令和6年10月10日 |
| 事件番号 | 令和6年(ネ)第10044号 |
| 事件名 | 特許権移転登録手続請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
中平 健
今井 弘晃 水野 正則 |
事案の概要
発明の名称を「ヘアーアイロン」とする本件特許(第6527371号)について、控訴人(原告)は本件特許に係る各発明について特許を受ける権利を有する者であったにもかかわらず、控訴人の代表権を有しないBが、控訴人に無断でその権利をCに譲渡してしまったため、本件発明について特許を受ける権利を有しないはずのCが本件特許権の設定登録を受けているとして、本件特許権の特許権者として登録されている被控訴人(被告)に対し、特許法74条1項に基づき、本件特許権の移転登録手続を求めた。
裁判所(地裁)は、本件においては民法94条2項が類推適用され、控訴人が本件発明について特許を受ける権利を有していることを被控訴人に主張できないとして、請求を棄却した。
控訴審も、原審の判断を維持した(控訴棄却)。

争点
1 被控訴人による本件特許権の取得につき、民法94条2項を類推適用することの可否
2 虚偽の外観作出に係る控訴人の帰責性、被控訴人の善意無過失
判旨
1 特許法74条1項に基づく移転登録手続請求がされた場合における民法94条2項類推適用の可否
「特許法74条1項及び79条の2第1項は、真の権利者の帰責性にかかわらず、一定の要件を満たす善意の第三者に通常実施権を認めるものであり、他方、民法94条2項の類推適用は、虚偽の外観作出に係る真の権利者の帰責性と第三者の善意又は善意無過失とを要件として、当該権利者が権利を失ってもやむを得ないと判断できる場合に、当該権利者から当該第三者への権利主張を許さないとするものであって、両者の要件及び効果は異なっている。」
「そして、特許法79条の2第1項は、善意の第三者が通常実施権を有すると規定するのみであり、民法の第三者保護規定を上書きするような性格であることはうかがわれず、また、特許法全体をみても、同法79条の2第1項が民法の第三者保護規定に対して優先する関係に立つことを示す規定は見当たらない。」
「以上によれば、特許法74条1項に基づく移転登録手続請求がされた場合においても、冒認者からの譲受人等との関係で民法94条2項を類推適用することは可能であると解される。」
2 本件における民法94条2項類推適用の要件充足性
ア 虚偽の外観作出に係る控訴人の帰責性
「Bが本件譲渡契約①を締結し、Cが本件特許に係る特許を受ける権利を有しあるいは特許権者であるとの虚偽の外観を作出するに至ったのは、控訴人自身の内部事情や行為にその一因があるといえる。その上、控訴人の真の代表者とされるEは、(a)平成27年7月にBが控訴人の代表取締役に、Cが取締役にそれぞれ就任し、控訴人の運営が混乱に陥っていることを認識し、(b)遅くとも平成28年11月29日の段階で、上記の虚偽の外観が存在していることを認識し、(c)これらが、平成27年6月以降の控訴人におけるBの問題のある行為に起因していることも認識していたにもかかわらず、本件出願に係る特許について、出願人ないし特許権者の名義を適正に戻すための方策をとることなく、令和3年までの約4年間、本件各株主総会決議の不存在確認の訴え提起等を行っておらず、さらに、令和3年8月5日に本件各株主総会決議の不存在を認める判決が確定してからも、Cからライツフォルに本件特許権が譲渡されるまでの約半年の間、Cに対して何らの措置もとっていないのである。」
「このような事情からすれば、控訴人には、虚偽の外観作出について、自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性が認められるというべきである。」
イ 被控訴人らの善意無過失
「F(注:被控訴人担当者)は、特許事務所に属する弁理士に対して侵害予防調査やCとの本件特許権の譲渡交渉等を依頼し、同弁理士は、令和4年2月1日に本件譲渡契約②を成立させているが、Fは、この本件譲渡契約②を締結することについて、同弁理士から不審事由に関する報告は受けていない。」
「このような事情に加え、本件譲渡契約②が締結された令和4年2月1日時点で、出願公開から5年以上、本件譲渡契約①の締結から既に6年5か月以上が経過していたにもかかわらず、本件譲渡契約①の有効性が明示的に争われていたわけではなかったことも併せ考慮すると、被控訴人らは、本件譲渡契約②の締結時点で、Cが控訴人内部における適切な手続を経て本件発明に係る特許を受ける権利の譲渡を受けていなかったことについて、善意無過失であったと認めるのが相当である。」
「インターネット上の企業情報に控訴人の詳細な情報が掲載されていないこと、及びF’が控訴人を中小企業と認識していたことから、F’が商業登記簿を確認していたと推認できるものではなく、被控訴人らは、控訴人の商業登記簿を確認していなかったものと認められ、本件全証拠によっても、被控訴人らが、平成27年8月18日の時点において、Bが控訴人代表者ではなかったことを認識していたという事実を認めることはできない」
「本件特許において、出願人及び特許権者が発明者と異なる個人Cであることや(上記①)、法人である控訴人が、本件発明を実施しているにもかかわらず、本件発明に係る特許出願から4か月後に、その特許を受ける権利を個人であるCに譲渡していること(上記②及び④)が、不自然といえるか否かについては、控訴人の内部事情等を踏まえて判断されるべきものといえるところ、被控訴人らは、前記アで説示した控訴人の内部事情等を認識し得ない状況にあり、そのような状況の中で本件譲渡契約①の有効性及び同契約に基づく特許庁の登録という外観を疑うことは、困難であったといえる。」
「そして、本件譲渡証書においてBの個人印が使用されていること(上記③)については、比較的小規模の企業において契約の際に代表者の個人印が使用されることもあり得るものといえ、直ちに、本件譲渡契約①の有効性及び同契約に基づく特許庁の登録という外観を疑うべきということにはつながらない。また、Cがヘアーアイロンに関する事業を行っていないこと(上記⑤)も、それだけでCが控訴人から本件発明について特許を受ける権利の譲渡を受ける必要性を否定する事情とはいえない。」
「このような事情に加え、・・・本件譲渡契約①の有効性は、その締結から6年5か月以上の間、明示的に争われていなかった上、Cが特許権者であるとの外観が相当長期間維持されていたことも踏まえると、控訴人の指摘する不審事由は、それらを総合考慮したとしても、被控訴人らにおいて、本件譲渡契約①の有効性及び同契約に基づく特許庁の登録を疑い、Bが平成27年8月18日時点で控訴人の代表権限を有していたか否かを確認すべき義務を基礎付けるものということはできない。」
解説/検討
平成23年特許法改正により、冒認出願の場合における真の権利者からの移転登録請求(74条)、善意実施者に対する法定通常実施権(79条の2)の規定が設けられた。一方、これらの条文と、真の権利者において虚偽の外観に対する帰責性がある場合における民法94条2項類推の適用関係は明らかではない。この点について、本判決は、特許法と民法の当該条文における要件・効果が異なることを理由に、民法94条2項類推適用を肯定した点で意義がある。真の権利者(控訴人)としては、虚偽の外観を作出した者(B)に対して、不法行為責任や取締役の責任を追及することになる。
真の権利者による無効審判請求や104条の3の抗弁の可否、民法94条2項類推により特許権の帰属を争えないとしても、冒認の瑕疵が治癒されることにはならないと思われる。
本件では、譲渡証書の押印として代表者の個人印が用いられていたようだが、その後、譲渡証明書には法人の実印と印鑑証明書が必要になったことから、本件のような事案で出願人の名義変更がなされることはないと思われる。
