【標準必須特許に基づき差止めを認容した地裁判決】
投稿日:2026年6月16日 |
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著者:弁護士 小林 英了
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参照条文/キーワード/論点 |
標準必須特許/差止め |
ポイント
交渉経緯に加えて訴訟での和解協議の状況を考慮して、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がある」と認定し、原告による差止請求権の行使が権利濫用にあたらないと判断した事例 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第40部 |
| 判決言渡日 | 令和7年6月23日 |
| 事件番号 | 令和5年(ワ)第70501号 |
| 事件名 | 特許権侵害差止請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
中島 基至
武富 可南 坂本 達也 |
事案の概要
原告は、発明の名称を「物理ハイブリッド自動再送要求指示チャネルのマッピング方法」とする本件特許(第6401224号)の特許権者である。原告は、標準化団体であるETSI(European Telecommunications Standards Institute)が定めるIPRポリシーに従い、本件特許のファミリーである日本出願を対象として、FRAND宣言(公正かつ合理的で非差別的な条件で、取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言)を行った。
原告は、被告製品(LTE通信が可能な通信端末)の譲渡等が本件特許を侵害するとして、被告に対して譲渡等の差止めを求めた。裁判所は、侵害及び有効と判断した上で、交渉経緯に加えて訴訟での和解協議の状況を考慮して、「FRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がある」と認定し、原告による差止請求権の行使が権利濫用にあたらないとして、被告製品の譲渡等の差止めを認容した。
争点
権利濫用の成否
判旨
差止請求権の行使が権利濫用に該当するか否かの判断基準として、「必須宣言特許権者が必須特許実施者に対し標準必須特許に基づく差止めを請求することは、必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されないというべきである。」と認定した上で、裁判所での和解協議を含む交渉経緯の事実認定を行った(判決文51~59頁)。
その上で、裁判所は次のとおり述べて、「被告はFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があるものと認めるのが相当」と判断した。
「原告の提案内容は、一貫して、侵害品の売上高を基準とし、これに標準必須特許の実施に対し受けるべき料率を乗じた上、原告の標準必須特許の保有割合を乗ずる算定方式を採用していたのに対し、G社の提案内容は、一貫して、侵害品の販売台数を基準とし、これに一般的なスマートフォン1台当たりの累積ロイヤリティ額一律●(省略)●ドルの固定額を乗じた上、原告の標準必須特許の保有割合を乗ずる算定方式を採用していたため、当事者双方が提示するライセンス条件に係る数値等に互換性がなかったことから、これ以上の調整が困難となり、原告及び被告はライセンスの合意に至らなかったことが認められる。」
「上記算定方式の相違に鑑み、裁判所は、当事者双方に対し、本件特許権侵害の心証を示した上、原告のグローバルSEPポートフォリオを対象とする和解を勧告したところ、当事者双方は、当該和解協議を日本の裁判所で行うことに同意したため、裁判所は、当事者双方が提示するライセンス条件に係る数値等に互換性がなかったことから、最終製品の売上高を算定の出発点とする大合議判決を基準として、上記和解協議を調整することとし、被告に対し、ライセンスを受ける意思がある場合には、大合議方式を踏まえ、和解案を提示するよう求めたことが認められる。」
「被告は、裁判所の和解勧告に同意したにもかかわらず、侵害品の販売額及び販売台数の開示を拒み、大合議方式による和解案を提示することなく、自らライセンス交渉の余地をなくしたのであるから、裁判所による上記求めの文字どおり、被告には、ライセンスを受ける意思があるものと認めることはできない。」
裁判所は、当事者間での交渉経緯のみからもG社がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がある旨、原告から主張があったことに鑑み、以下のとおり判断した。
「G社及び被告は、原告からライセンスを受けるよう求められた際、速やかに真摯に協議する意思があることを表明して以降、NDAの締結、ライセンス対象となる特許の特定、当該特許の充足性及び有効性の確認、5G規格との対応関係の確認、ライセンス条件の確認ないし交渉その他の事情により時間を要したものの、原告とのライセンス交渉に対し、できる限りの対応をしていたといえる。そして、このような交渉にもかかわらず、原告とG社又は被告が、ライセンスの合意に至らなかったのは、当事者双方が提示するライセンス条件に係る数値等に互換性がなかったことから、これ以上の調整が困難となったことを理由とするものである。」
「これらの事情の下においては、少なくとも当事者間での交渉経緯のみによっては、被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があるものと認めることはできない。」
解説/検討
✓ 日本において標準必須特許に基づく差止請求が認容された初めてのケースであり、事例判決ではあるものの、日本でもSEPに基づく権利行使が有効であることを示すものとして意義がある。
✓ 判決文では、「必須特許実施者がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情がない限り、権利の濫用として許されない」と述べられており、大合議判決で示されたのと同様の基準に沿っているといえる。
✓ 判決文では、被告側が裁判所の和解勧告に従わなかった点を何度も指摘しており、傍論の判示(当事者間での交渉経緯のみでは特段の事情なし)を踏まえると、この点が差止めを認めた大きな理由といえる。CJEUのHuawei v. ZTE判決で示された交渉枠組みと比べると、差止めが認められるハードルは依然として高いものと思われる。
✓ 本件と同一の特許に基づく、同一当事者間の別件侵害訴訟(被告製品のみ異なる)がある(大阪地判令和7年7月10日(令和5年(ワ)第7855号))。この事件において、裁判所は、侵害・有効を認定した上で、次のとおり述べて、G社及び被告においてFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有するとして、差止請求を棄却した。この点は、本判決の傍論で述べたのとほぼ同様と思われる。
「原告とG社は、原告によるライセンス交渉の申出及びG社のライセンスを受ける意思の表明を機に、前提となるNDAの交渉を介して具体的なライセンス交渉が開始されるまでには一定の期間を要したものの、この間、後述のとおり必ずしも不必要とはいえないNDAの条件交渉を進め、具体的なライセンス条件の提案を受けると、開示された情報を基に適時検討を進めているといえる。」
「そして、原告及びG社において、関連特許を含むライセンス交渉経緯の中でライセンスの検討に必要な資料が即時的確にされないことは一定程度やむを得ないというべきであり、本件における前記判示の状況に照らせば、互いに自らの算定方式の合理性の根拠となる資料の開示に可能な限り努め、その前提のもとで可能な譲歩案を修正して提示していたものといえる。」
「以上に照らすと、令和5年11月末時点において、G社は、ライセンス契約の締結に向けた交渉において、誠実性を欠く点はなかったものと認められる。」
✓ 本事件の原告が別会社(ASUS)に対して提訴した別事件がある(東京地判令和7年4月10日(令和4年(ワ)第7976号))。この事件では、「被告がFRAND条件によるライセンスを受ける意思を有しないという特段の事情があることを認めることはできない」として、差止請求を否定したが、和解勧告がなされたという事実は判決文からは伺われない。
この事件(ASUS事件)では、損害賠償請求がなされていたことに鑑み、FRAND料率の認定がなされており、裁判所は下記の算定式により賠償額を認定。
大合議判決の後に、102条3項の大合議判決(知財高裁令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号)[二酸化炭素含有粘性組成物])が出たことから、大合議判決の算定基準(累積ロイヤルティ上限×UMTS規格に準拠していることの貢献部分)をそのまま採用せず、LTE規格全実施料率(9%[5G製品については8%])を採用した上で、これをLTE規格全特許数で除した値を相当実施料率と認定した。大合議判決の算定基準と比べると、相当実施料率は高くなるものと思われる。
