【大学名称における周知性・著名性と表示類似性の判断】

 

投稿日:2026年7月17日

ohno&partners

著者:弁護士 大野 浩之
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

不正競争防止法第2条1項1号・2号/周知表示/著名表示

ポイント

 京都市立芸術大学は、「京都芸術大学」の名称使用が不正競争防止法に違反するとして差止めを求めたが、裁判所は「京都市立芸術大学」のみ周知性を認め、「京都芸術大学」「京都芸大」「京芸」等については周知性・著名性を否定した。
 また、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」は、「市立」の有無が重要な識別要素であるとして類似性も否定された。

 

判決概要

裁判所 大阪地方裁判所第26民事部
判決言渡日 令和2年8月27日
事件番号 令和元年(ワ)第7786号
事件名 不正競争行為差止請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
杉浦 正樹
杉浦 一輝
布目 真利子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 京都造形芸術大学が名称を「京都芸術大学」へと変更したところ、京都市立芸術大学が京都芸術大学を運営する学校法人瓜生山学園を相手取り、「京都芸術大学」の名称の使用の差止めを求めて提訴した事案である。

原告大学表示目録
1 京都市立芸術大学
2 京都芸術大学
3 京都芸大
4 京芸
5 Kyoto City University of Arts

判旨

(1)原告表示1~5の「著名」性の有無
「不正競争防止法2条1項2号の前記趣旨に鑑みると、『著名』な商品等表示といえるためには、当該商品等表示が、単に広く認識されているという程度にとどまらず、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者いずれにとっても高い知名度を有するものであることを要すると解される。これを本件について見るに、大学の『営業』には学区制等の地理的な限定がないことに鑑みると、地理的な範囲としては京都府及びその隣接府県にとどまらず、全国又はこれに匹敵する広域において、芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があるというべきである。」

「原告の正式名称である原告表示1は、原告はもちろん原告大学の関係者によっても、原告大学の営業表示として長年にわたり数多く使用されてきたものといってよい。また、その地域的範囲も、書籍やウェブページに記載されたものは全国的に使用されたものということができるし、原告大学の在校生及び卒業生等の活動範囲は国内外にわたっている。
 しかし、原告大学関係者による原告表示11の使用例のうち多数を占める原告大学関係者の肩書又は経歴等としての使用の多くは、そもそも原告の営業表示として使用されたものとはいい難い。その点を措くとしても、芸術家の活動(作品等の展示を含む。)の際には、当該芸術家の名や作品名等が大きく表示され、こうした経歴等はこれらと同程度又はより小さな記載により付記されるという程度にとどまることが通常であり、殊更に注目を惹く形で表示される場合は限られる。こうした活動に接する側の鑑賞者も、研究者その他の特に関心の深い者でなければ、当該活動それ自体や当該芸術家の他の活動等に関心を持つことはあっても、当該芸術家の経歴等にまで興味を持つとは必ずしもいえない
 そうすると、原告表示1をもって、原告の営業表示として『著名』なものということはできない。」

「これに対し、原告は、原告表示1につき、芸術分野に関心のある者の間で著名であるなどとして、『著名』な営業表示に当たる旨を主張する。
 しかし、芸術分野は、伝統的な美術及び音楽のほか、建築、アニメーション、映画、舞台演劇、さらにはいわゆるサブカルチャーに至るまでの多様な内実を有しており、これに合わせて、芸術分野に関心を持つ者といっても、その裾野は相当広範囲に及ぶものと見られる。他方で、証拠を精査しても、原告関係者である芸術家の活動分野はその一部にとどまるものというほかない。また、芸術分野に関心のある者のうち、職業的な芸術家もしくは研究者又はこれらを志望する者は人数的に限られる。そうすると、芸術分野に関心のある者といえども、その全体としては、芸術活動の主催者が誰であるか、また、その実践に当たる者の経歴等はどのようなものかといった点に関心を持つ者は、さほど多くないと思われる。そうである以上、原告大学関係者である芸術家の活躍の程度や、その経歴等のパンフレットへの掲載、マスメディア等への露出が多いことをもって、直ちに原告表示1が『著名』な営業表示ということはできない
 さらに、原告大学及び原告大学関係者の活動等が全国規模で展開されているといっても、その活動等は、明らかに京都市域を中心とした京都府及びその近隣府県の範囲を主たる対象地域としている。原告の発行に係る『京芸通信』も、京都市内の関係機関等を中心に、主として上記範囲の関係機関等がその送付先とされている
 その他原告の指摘に係る事情を考慮しても、原告表示1をもって原告の商品等表示として『著名』なものということはできない。この点に関する原告の主張は採用できない。」

「原告表示2~5の使用頻度は、原告表示1に比していずれも少ない。にもかかわらず、原告表示2~5につきなお『著名』というべきものと認めるに足る証拠も見当たらない。
 したがって、原告表示2~5をもって、原告の商品等表示として『著名』なものということはできない。この点に関する原告の主張は採用できない。」

(2)原告表示1~5の周知性の有無
「不正競争防止法2条1項1号の趣旨は、周知な商品等表示の有する自他識別機能又は出所表示機能を保護するため、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止することにより、事業者間の公正な競争を確保することにある。」

「被告大学は、職業的な芸術家を目指す者を対象とする学科にとどまらず、芸術教育を活かして社会に適合する総合力を身に着けることを目指す者を対象とする学科を多く設け、進路決定率が高いことをその特徴の1つとして標榜している。また、受験を要しない通信教育部を設置し、通学不要又は週末のスクーリングのみが課される社会人でも受講可能な制度を備え、幅広い年齢層(18歳以上で、90歳代の学生も含まれる。)に対し芸術教育を提供する通信教育にも取り組んでいる。被告大学の学生数は通学生よりも通信教育部の方が大幅に多く、通信教育部においては、在学生の年齢は30代以上の者が約80%、40代以上の者が約60%を占めるとともに、半数以上が有職者、居住地別では近畿地方が30%弱、関東地方が40%強となっている。
 これらの事情を総合的に考慮すると、本件において、『需要者』は、芸術家志望の学生又は受験生及びその保護者にとどまらず、職業的ではなく教養としての芸術に関心のある者を広く含むというべきである。また、ここでいう『芸術』とは、前記のとおり、現代において『芸術』とは伝統的な美術及び音楽からサブカルチャーに至るまでの多様な内実を有する分野であること、被告大学の学部学科の構成の多様性もこれに対応したものと見られることに鑑みると、『需要者』層の人的範囲については広く考えるのが相当である。すなわち、上記の意味での芸術分野のいずれかに関心のある者は広く『需要者』に含まれる。具体的には、およそこうした芸術分野のいずれにも関心のない者を除き、多くの一般市民が『需要者』に含まれるというべきである。
 また、その地域的範囲については、上記のとおり、被告の通信教育部の学生の居住地のうち近畿地方は30%弱にとどまるものの、被告大学そのものは京都市に所在し、通学生も多数に上ることに加え、被告大学の各種活動の場所も京都市を中心とするものと見られることから、京都府及びその近隣府県に居住する者とするのが相当である。」

「原告大学は、その母体の設立からは140年、現在の名称となってからでも50年以上という長期にわたり、京都市に所在して芸術教育を実施し、文化勲章受章者を含む多数の芸術家を輩出している。また、原告大学は、京都市内にギャラリー(@KCUA)を設置し、同所にて展覧会等の催事を繰り返し実施するとともに、京都市内において、案内チラシ等に原告表示1を付すなどして展覧会や演奏会を主催し、また、地下鉄駅構内その他京都市内の人目に付きやすい場所に、原告表示1を付して作品を展示し、さらに、京都市内において児童その他市民向けの芸術教育活動等を行ってきたことが認められる。
 これらの事情のほか、京都府及びその近隣府県の範囲における交通や新聞等による報道の実情等に鑑みると、京都府及びその近隣府県に居住する一般の者が、原告大学を表示するものとして原告表示1を目にする機会は、相当に多いものと合理的に推認される。
 原告表示1は、原告大学を表示するものとして需要者に広く認識されており、周知のものといってよい。」

「原告表示2~4については、例えば原告大学の卒業生や受験指導組織といった特定の属性を有する層で原告表示3又は4が比較的多数使用されているといった例もあるものの、程度の差こそあれ、原告表示1と比較してその使用頻度はいずれも少ないといえる。
 しかも、原告大学を示す略称又は通称として、原告表示2~4のほか、『京都市立芸大』、『市立芸大』、『市芸』その他様々なものが使用されている。原告大学の正式名称(原告表示1と同一のもの)のうち、『京都』(又は『京』)、『芸術』(又は『芸』)及び『大学』(又は『大』)は、大学の名称としては、所在地、中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類を示すものとして、いずれもありふれたものである。加えて、原告大学の中心的な活動場所等が京都市であること、このため、原告大学の略称等が使用される地域的範囲としても、京都市又は京都府であることが必然的に多くなり、『京都』(又は『京』)は敢えて明示せずとも文脈上暗黙の了解事項となりやすいと推察されることなどに鑑みると、略称等に『市立』(又は『市』)が含まれ、『京都』(又は『京』)が省略されることも、当然起こり得ることといってよい。原告の設置主体である京都市及び京都市長や原告大学関係者が、原告大学を示すものとして、自ら『市立』(又は『市』)を含む略称等を使用する例が少なからず見られること、インターネット上又は書籍としての地図においても、原告大学については『市立』が含まれる表示が使用されていることも、この文脈において合理的に理解し得る。
 そもそも、このように多種多様な略称等を生じ、それぞれが一定程度使用されていること自体、原告大学の略称等として各表示それ自体が有する通用力がいずれもさほど高くないことをうかがわせる。同一の文書等の中で、原告表示1と共に使用される例が多いことも、同様に、原告表示2~4の略称等としての通用力の低さをうかがわせる
 しかも、原告表示2~4と同一の表示が、原告大学ではなく被告大学を示す表示として使用される例も、相応に見受けられる。」
「以上より、原告表示2~4については、原告の商品等表示として需要者の間に広く知られたもの、すなわち周知のものということはできない。」

「これに対し、原告は、原告表示2~4についても原告大学の表示として周知であり、また、これらと同一の表示が被告大学を指すものとして使用される例は誤記であるなどと主張する。
 しかし、上記(ア)の事情のほか、仮に原告表示2~4が原告大学の略称等として周知であるとすれば、そのような誤記が多数生ずるはずはないし、そもそも、作成主体を異にする者の間で同様の誤記が頻発すると考えることは合理性に乏しい。その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する原告の主張は採用できない。」

「したがって、原告表示5は、原告の商品等表示として需要者の間に広く知られたもの、すなわち周知のものということはできない。これに反する原告の主張は採用できない。」

(3)原告表示1と本件表示との類似性の有無
「ある商品等表示が不正競争防止法2条1項1号にいう他人の商品等表示と類似のものか否かを判断するに当たっては、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和58年10月7日判決民集37巻8号1082頁)。その判断に際しては、商品等表示のうち、自他識別機能又は出所表示機能を生ずる特徴的部分すなわち要部を抽出した上で、これを中心に表示の全体を離隔的に観察する方法による。」

「『京都』、『芸術』及び『大学』の各部分は、大学の名称としては、所在地、中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類を示すものとして、いずれもありふれたものである。このため、これらの部分の自他識別機能又は出所表示機能はいずれも乏しい。他方、『(京都)市立』の部分は、大学の設置主体を示すものであるところ、日本国内の大学のうちその名称に『市立』を冠するものは原告大学を含め11大学、『市立』ではなく『市』が含まれるものを含めても13大学にすぎず、しかも、京都市を設置主体とする大学は原告大学のみである。このような実情に鑑みると、原告表示1のうち『(京都)市立』の部分の自他識別機能又は出所表示機能は高いというべきである。
 また、その名称に所在地名を冠する大学は多数あり、かつ、正式名称を構成する所在地名、設置主体、中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類等のうち一部のみが相違する大学も多い。このため、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なる場合、これらを異なる大学として識別するために、当該相違部分を特徴的な部分と捉えてこれを軽視しないのが取引の実情と見られる。
 そうすると、原告表示1の要部は、その全体である『京都市立芸術大学』と把握するのが相当であり、殊更に『京都』と『芸術』の間にある『市立』の文言を無視して『京都芸術大学』部分を要部とすることは相当ではない。この点に関する原告の主張は採用できない
 また、本件表示の要部については、上記のとおり『京都』、『芸術』及び『大学』のいずれの部分も自他識別機能又は出所表示機能が乏しいことから、これらを組み合わせた全体をもって要部と把握するのが適当である。」

「原告表示1と本件表示とは、その要部を中心に離隔的に観察すると、『市立』の有無によりその外観及び称呼を異にすることは明らかである。観念についても、『市立』の部分により設置主体が京都市であることを想起させるか否かという点で、原告表示1と本件表示とは異なる。取引の実情としても、前記イのとおり、需要者は、複数の大学の名称が一部でも異なる場合、これらを異なる大学として識別するために、当該相違部分を特徴的な部分と捉えてこれを軽視しない。
 そうすると、原告表示1と本件表示とは、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が、両者の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、連想等から全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるとはいえない。そうである以上、原告表示1と本件表示とは、類似するものということはできない。」


1京都市立芸術大学

 

解説/検討

 本件では、原告表示のうち「京都市立芸術大学」のみが周知表示と認められ、「京都芸術大学」「京都芸大」「京芸」等については周知性が否定されたことが、請求棄却の大きな要因となった。他方で、被告による名称変更前の状況を前提とすると、需要者が原告大学を「京都芸術大学」や「京都芸大」と略称で呼ぶことも少なくなかったと考えられ、この点については裁判体によって評価が分かれる余地がある。
 また、大阪大学・大阪市立大学・大阪府立大学のように類似する名称の大学が併存する場合には、「市立」「府立」といった識別要素が重視される実情があり、本件でも「市立」の有無が類似性判断に大きく影響したといえる。
 さらに、「京都芸術大学」の商標については被告側が原告側より1日早く出願しており、商標審査も本訴訟の結果を踏まえて進められた。他方、過去の「呉青山学院中学校」事件では、「青山学院」が著名表示と認められたため使用差止めが認められており、本件との結論の違いは、表示自体の著名性・周知性の有無に起因するものと考えられる。加えて、「University of Osaka」をめぐる議論にも見られるように、大学名称をめぐる混同のおそれは現在も重要な問題となっている。

 

PAGE TOP