【原告が被告に対して商標権侵害に基づく差止等を請求した事案において、原告商標と被告各標章との類似性を肯定するとともに、被告各標章と商品名等ラベルや絵と一体不可分となっている旨の被告の主張を排斥し、無効の抗弁については、原告商標について商標法4条1項7号違反を否定し、無効審判について5年間の除斥期間を定めた47条1項の趣旨を指摘して3条1項柱書違反及び3条1項5号違反の主張を排斥し、先使用権及び権利濫用の抗弁の成立をいずれも否定して、被告各標章の使用行為が原告商標権を侵害するとした事例】
投稿日:2026年7月6日 |
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著者:弁護士 木村 広行
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参照条文/キーワード/論点 |
商標法1条、3条1項柱書、3条1項5号、4条1項7号、32条1項、47条1項/結合商標/分離観察/類否/先使用権/権利濫用 |
ポイント
※ 本判決は、本件ラベルに記載された「夢」という文字(被告標章1)と商品名等ラベルに記載された「夢とまぼろしの物語」という文字及び武者の絵とを明確に区別することができるとして、両者を分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められず、被告標章1のみを原告商標と比較して商標の類否を判断することができると判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
| 判決言渡日 | 令和3年6月28日 |
| 事件番号 | 平成31年(ワ)第8117号 |
| 事件名 | 損害賠償等請求(商標権侵害)事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
國分 隆文
小川 暁 佐々木 亮 |
事案の概要
1.事実関係
⑴ 原告商標権
登録番号 第4435958号
出願日 平成11年9月20日
登録日 平成12年11月24日
登録商標(標準文字) 夢
商品及び役務の区分 第33類
指定商品 日本酒
⑵ 被告各標章(裁判所HP掲載の本判決別紙1被告標章目録より引用)
被告標章1 被告標章2


⑶ 被告商品目録(裁判所HP掲載の本判決別紙3被告商品目録より引用)
ア 被告商品(「夢とまぼろしの物語」)の瓶に付された被告標章


イ 被告商品(「夢とまぼろしの物語」)の外箱に付された被告標章


争点
⑴ 商標権侵害の成否
⑵ 無効の抗弁の成否
⑶ 先使用権の成否
⑷ 権利濫用の成否
(その他の争点は省略)
判旨
⑴ 商標権侵害の成否
「ア 原告商標は,「夢」の標準文字からなり,これから,「ユメ」又は「ム」の称呼が生じ,「睡眠中に持つ幻覚」や「将来,実現させたい願い」の観念が生じる。
そして,被告各標章は,別紙1被告標章目録記載1及び2のとおり,いずれも,毛筆により特徴的な書体で記載された「夢」という漢字1字で構成され,これらから,いずれも「ユメ」又は「ム」の称呼が生じ,いずれも「睡眠中に持つ幻覚」や「将来,実現させたい願い」の観念が生じる。
以上によれば,原告商標の称呼及び観念と被告各標章の称呼及び観念とは同一であり,外観についても,原告商標は標準文字であり,被告各標章は毛筆により特徴的な書体で記載されたものであるという相違はあるものの,いずれも「夢」という漢字1字を記載したものであるから,被告各標章の外観は,原告商標の外観と類似していると認められる。
したがって,被告各標章は,原告商標と称呼,観念において同一であり,外観において類似しているから,原告商標と類似すると認めるのが相当である。
イ(ア) 被告は,被告各標章は『夢とまぼろしの物語』という商品名の一部として使用されるものであり,被告標章1が印刷された本件ラベルは商品名等ラベルと不可分一体となっており,本件外箱に印刷された被告標章2はその下に印刷された武者の絵と不可分一体となっているので,被告商品のうち,本件瓶にあっては『夢』及び『夢とまぼろしの物語』という文字並びに武者の絵が,本件外箱にあっては『夢』という文字及び武者の絵が,それぞれ原告商標と対比されるべきであると主張する。これは,① 本件ラベルに印刷された被告標章1と商品名等ラベルに印刷された「夢とまぼろしの物語」の商品名の記載及び武者の絵とが,また,②本件外箱に印刷された被告標章2と武者の絵とが,それぞれ一つの結合商標を形成しているから,それらと原告商標との類否を検討すべきである旨の主張であると理解することができる。
(イ) 複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所表示標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所表示標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合のほか,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事 228号561頁)。
(ウ) 前記(ア)①について,本件ラベルと商品名等ラベルの態様は別紙3被告商品目録記載1のとおりである。
すなわち,本件ラベルは,白地に金色で縁取りされ,緑色の本件瓶の正面の首の根元付近に貼付されたものであり,本件ラベルに印刷された被告標章1は,「夢」という漢字1字で構成され,黒色で,毛筆の特徴的な書体により,本件ラベルのうち相当の面積を占める大きさで記載されたものである。
他方で,本件瓶の正面に貼付された商品名等ラベルは,本件ラベルよりかなり大きく,その大部分に武者の絵が描かれ,同絵の右側にほぼ接着するように描かれた金色の短冊に,被告標章1の「夢」と同様の書体及び色彩で「夢とまぼろしの物語」と記載されたものであるが,商品名等ラベルは,本件ラベルの下に相当程度の間隔を空けて貼付されている。
このような本件ラベルと商品名等ラベルの態様からすると,需要者において,本件ラベルに記載された『夢』という文字(被告標章1)と商品名等ラベルに記載された『夢とまぼろしの物語』という文字及び武者の絵とを明確に区別することができる。そうすると,上記の両者については,それを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められず,被告標章1のみを原告商標と比較して商標の類否を判断することができるというべきである。
(エ) 前記(ア)②について,本件外箱の態様は別紙3被告商品目録記載2のとおりである。
すなわち,被告標章2は,白色の本件外箱の正面及び上面にそれぞれ印刷されたものであり,いずれも『夢』という漢字1字で構成され,黒色で,毛筆の特徴的な書体により記載されており,その大きさは,正面の上部の約3分の1を占め,上面の中央の相当部分を占めている。
他方で,本件外箱の正面の武者の絵は,正面の半分余りを占めており,同じく本件外箱の正面に記載された被告標章2の下側に間隔を空けて描かれ,両者の大きさはそれほど差がない。
そうすると,上記の両者については,それを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものとは認められず,被告標章2のみを原告商標と比較して商標の類否を判断することができるというべきである。」
⑵ 無効の抗弁
ア 4条1項7号について
「ア 証拠(甲1,3,13ないし18,27の1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告は,昭和22年7月16日に設立され,酒や調味料の紙ラベルやシールラベル,パッケージのデザイン及び印刷を得意とし,全国の醸造会社と取引があり,『十四代』,『空』,『八海山』,『一ノ蔵』等各種日本酒のラベルを製作し,印刷している(甲1,3)。
原告は,業として,原告商標の指定商品である日本酒を生産し,証明し,譲渡したことはないものの,原告商標を用いた日本酒のラベル,外箱等の印刷,製作,企画提案等や原告商標の管理を行うために,原告商標の商標登録を受けた(弁論の全趣旨)。
(イ) 原告は,昭和46年3月31日,ゴシック体様で記載した『夢』という漢字1字からなる商標について,指定商品を清酒として登録出願を行い,昭和48年11月1日,同出願に係る商標登録を受けた(登録番号第1041023号。以下,この商標登録に係る商標権を『旧原告商標権』という。)。旧原告商標権の存続期間は,その後,更新され,平成15年11月1日に終了した。(甲27の1)
(ウ) 原告は,平成9年3月から平成12年2月までの間,旧原告商標権を侵害する標章を使用していた酒造会社3社のそれぞれとの間で,当該会社は,その標章の使用が旧原告商標権を侵害するものであることを認め,同標章の使用を中止するなどし,原告はこれにより発生した損害についての当該会社に対する請求権を放棄し,当該会社は原告に対して年150万円以上の印刷物の発注を10年間行い,年150万円に満たない場合,不足額を支払う旨の契約を締結した(甲13ないし15)。
(エ) 原告は,平成13年9月3日,前記(ウ)とは別の酒造会社との間で,当該会社は,その標章の使用が旧原告商標権を侵害するものであることを認め,同標章を付した焼酎類を製造するなどしないことを約束し,原告に対して損害賠償金として300万円を支払うなどとする訴訟上の和解をした(岐阜地方裁判所平成13年(ワ)第21号。甲16。)。
(オ) 原告は,遅くとも平成22年11月24日,市島酒造社との間で,原告が市島酒造社に対して原告商標の通常使用権を許諾し,その対価として,市島酒造社が原告に対して原告商標を付する商品の容器に貼付するラベルその他の関連印刷物を発注する旨の契約を締結した(甲6の2,18)。
また,原告は,遅くとも平成27年12月17日,大関社との間で,上記と同様の契約を締結した(甲6の1,17)。
イ(ア) 被告は,原告が,自ら指定商品である日本酒を生産する目的を有しておらず,自己が取得した登録商標を使用した者に対してライセンス料名下に金銭を請求して利益を得る目的で,原告商標権を取得したものであり,商標制度を悪用し,公正な商取引に反するものであるから,原告商標の商標登録には法4条1項7号の無効理由があると主張する。
そこで検討するに,前記ア(ア)ないし(エ)のとおり,原告は,全国の醸造会社とラベルの製作等に係る取引を行っており,原告商標の商標登録を受ける25年以上前に,原告商標と同じく『夢』という漢字1字からなる商標登録を受けて旧原告商標権を取得し,日本酒のラベル,外箱等の印刷,製作,企画提案等を行うとともに,旧原告商標権を侵害する標章を使用していた酒造会社との間で,同標章の使用を中止させるなどしたところ,引き続き『夢』という漢字1字からなる原告商標を用いた日本酒のラベル等の印刷,製作等を行うため,原告商標の商標登録を受けたものである。そして,前記ア(オ)のとおり,原告は,市島酒造社らに対して原告商標の通常使用権を許諾するとともに,その対価として,市島酒造社らから原告商標を付する商品の容器に貼付するラベルその他の関連印刷物を受注する旨の契約を締結しており,このような事業形態は,原告が原告商標の登録出願時においても同様であったと推認することができる。
そうすると,原告は,長年にわたり,日本酒を販売するのに不可欠なラベルや外箱等の印刷,製作,企画提案等を行っており,このような原告の業務は,日本酒の製造及び販売に密接な関係があるといえる。そして,原告が,原告商標の商標登録を受け,原告商標の通常使用権を許諾した酒造会社から,原告商標に係るラベル,外箱等の印刷を受注するとともに,原告商標権を侵害する標章を使用する者に対してその使用を中止させるなどの原告商標の管理を行うことは,上記許諾を受けた酒造会社の利益にも適うものであり,原告に原告商標の商標登録を認めることが不合理であるとはいえない。
そして,原告が,原告商標以外に,多岐にわたる指定商品又は指定役務について登録出願をし,登録された商標を収集して,それを用いて利益を得ているといったような事実を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,原告が,ライセンス料名下に金銭を請求して利益を得る目的で原告商標権を取得したものであるとも,市島酒造社らと通常使用権設定契約を締結したり,被告に損害賠償等を請求したりすることにより,商標制度を悪用し,公正な商取引に反する行為に及ぶものであるとも認められないというべきである。そうすると,原告による原告商標の商標登録が,著しく社会的妥当性を欠き,公序良俗に反するとまではいえず,他にこれを肯定する事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。」
イ 3条1項柱書について
「(イ) なお,法3条1項柱書は,商標登録を受けるためには,自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標であることを求めているところ,前記(ア)の被告の主張については,原告による原告商標の登録が同柱書に違反することを理由とする無効の抗弁を主張するものとも解する余地がある。
しかし,商標登録がされたことによる既存の継続的な状況を保護するため5年間の除斥期間を定めた法47条1項の趣旨に照らし,法3条1項柱書に違反することを理由とする無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては,商標権侵害訴訟の相手方は,その登録商標が上記に違反することによる商標登録の無効理由の存在をもって,無効の抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である(最高裁平成27年(受)第1876号同29年2月28日第三小法廷判決・民集71巻2号221頁参照)。
本件についてこれをみるに,前記前提事実(2)のとおり,原告は,平成12年11月24日に原告商標の商標登録を受けており,既に20年以上が経過している。
したがって,被告は,原告商標の商標登録が法3条の規定に違反してされたことを理由として,無効の抗弁を主張することは許されない。」
ウ 3条1項5号について
「被告は,原告商標を構成する『夢』という文字は広汎に使用されており,極めて簡単で,かつ,ありふれたものであるから,原告商標の商標登録には法3条1項5号の無効理由があると主張する。
しかし,前記前提事実(2)のとおり,原告は,平成12年11月24日に原告商標の商標登録を受けており,既に5年を経過しているので,前記(1)イ(イ)と同様に,被告は,原告商標の商標登録が法3条1項5号の規定に違反してされたことを理由として,無効の抗弁を主張することは許されない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。」
⑶ 先使用権の成否
「(1) 証拠(甲21,乙4,5,8,10,18,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 旧東薫酒造は,平成3年4月頃から,被告標章1が印刷された本件ラベルを本件瓶の首の根元付近に貼付し,被告標章2が印刷された本件外箱に入れられた被告商品(当初は『夢と幻の物語』という商品名であった。)を継続して販売していた(乙4,8,10,18,被告代表者)。
旧東薫酒造から事業を承継した被告は,引き続き被告各標章を付した被告商品を継続して販売していた(乙10,18,被告代表者)。
イ 旧東薫酒造及び被告は,被告商品を含む約20種類の日本酒を販売し,『叶』という商品名の日本酒を代表的な銘柄とし,千葉県及び東京都を中心に出荷していた(乙5,被告代表者)。
被告の年間の総売上高は約1億5000万円であり,被告商品の平成20年以降の年間の売上げは約200万円ないし500万円であった(甲21,被告代表者)。
ウ 被告の本店所在地である千葉県内には,38の酒造会社がある(被告代表者)。
(2) 被告は,原告商標の登録出願がされるより前の平成3年4月頃から,旧東薫酒造が被告各標章を付した被告商品を販売するようになり,旧東薫酒造から事業を承継した被告が引き続きこれを販売しているので,被告各標章につき先使用権が認められると主張する。
前記(1)アのとおり,旧東薫酒造及び被告は,原告商標の登録出願日である平成11年9月20日より前から,指定商品の日本酒である被告商品について,原告商標に類似する被告各標章を継続して使用していたといえる。
しかし,前記(1)イ,ウによれば,被告商品は,千葉県及び東京都を中心に出荷されているところ,そのうち,千葉県に限っても38もの酒造会社が存在しており,また,東京都が日本酒の日本最大の市場であることは当裁判所に顕著であるから,それらの地域において,多数かつ多種の日本酒が販売されていることがうかがわれる。また,前記(1)イによれば,被告商品は,被告が販売する約20種類の日本酒のうちの一つにすぎず,かつ,被告における代表的な銘柄というわけでもない上,被告商品の年間の売上げはさほど高額とはいえず,旧東薫酒造及び被告の総売上高に占める割合も小さい。
以上によれば,被告商品の販売開始から原告商標の登録出願日である平成11年9月20日までに約8年半の期間が経過していたことを考慮しても,同日当時,被告各標章が被告の業務に係る商品を表示するものとして需要者である日本酒の購入希望者の間に広く認識されていたとは認めるに足りず,本件全証拠によっても,他に被告商品が周知であったことをうかがわせる事情は認められない。
したがって,被告各標章につき先使用権(法32条1項)は認められず,被告の上記主張は理由がない。」
⑷ 権利濫用の成否
被告は,原告は原告商標を第三者に使用させてそのラベル等の印刷を受注するとともに,第三者をして旧原告商標権に係る商標を誤用させ,商標権侵害に基づく損害賠償名下に金銭を支払わせ,利益を得るということを行っているところ,このような行為は,法1条に反し,社会の正常な経済行為を阻害するものとして,およそ許されないものであるから,本件請求は権利の濫用に当たると主張する。
しかし,前記2(1)イ(ア)のとおり,原告は,日本酒の製造及び販売に密接な関係がある業務を行っており,原告商標の通常使用権を許諾し,原告商標に係るラベル,外箱等の印刷を受注するとともに,通常使用権者のために原告商標の管理を行うことが不合理であるとはいえず,原告が,原告商標以外に,多岐にわたる指定商品又は指定役務について商標登録出願をし,登録された商標を収集して,それを用いて利益を得ているといったような事情は認められない。
以上を前提に検討すれば,原告が市島酒造社らに原告商標の使用許諾をすることでラベル等の印刷を受注していることについて,原告商標権を不当に行使するものということはできず,原告が酒造会社4社との間で和解契約を締結し,又は裁判上の和解をしたことが,直ちに,第三者をして商標を誤用させ,損害賠償名下に金銭を支払わせることを目的とするものであったと認定することはできない。
そうすると,原告の行為が,法1条に反し,社会の正常な経済行為を阻害するものであるということはできず,本件全証拠によっても,原告の被告に対する本件請求が権利の濫用に該当することを根拠付ける事情は認められない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。」
解説/検討
1 4条1項7号について
次の各裁判例で示されるように4条1項7号該当性はかなり限定されており、本件もその一例として参考になる(下線太字は筆者による)。
(参考裁判例)
知財高判令和2年11月4日・和2年(行ケ)第10055号
「商標法4条1項各号は,商標登録を受けることができない商標として,相当数の類型を規定しているのであって,同項7号において,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」がその一類型として規定されているのは,他の号に当てはまらなくてもなお商標登録を受けることができないとすべき商標が存在し得ることを前提に,一般条項をもって,そのような商標の商標登録を認めないこととしたものであると解されるから,同号の適用は,その商標の登録を社会が許容すべきではないといえるだけの反社会性が認められる場合に限られるべきである。」
知財高判平成24年11月15日・平成24年(行ケ)第10065号
「商標法4条1項7号は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」について,不登録事由としているところ,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」とは,当該商標の構成に,非道徳的,卑わい,差別的,矯激若しくは他人に不快な印象を与えるような文字,図形等を含む場合のほか,そうでない場合であっても,当該商標を指定商品又は指定役務について使用することが,法律によって禁止されていたり,社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳的観念に反していたり,特定の国若しくはその国民を侮辱したり,国際信義に反することになるなど特段の事情が存在するときには,当該商標は同法4条1項7号に該当すると解すべき余地がある。そして,商標法46条1項5号は,商標登録がされた後,当該登録商標が同法4条1項7号に掲げる商標に該当するものとなったことを登録無効事由として規定しているところ,商標登録後であっても,当該商標を指定商品又は指定役務について使用することが,社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳的観念に反するなどの特段の事情が生じた場合には,当該商標は同法4条1項7号に該当すると解すべき余地があるといえる。」
知財高判平成20年6月26日・平成19年(行ケ)第10391号
「当該出願人が本来商標登録を受けるべき者であるか否かを判断するに際して,先願主義を採用している日本の商標法の制度趣旨や,国際調和や不正目的に基づく商標出願を排除する目的で設けられた法4条1項19号の趣旨に照らすならば,それらの趣旨から離れて,法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ」を私的領域にまで拡大解釈することによって商標登録出願を排除することは,商標登録の適格性に関する予測可能性及び法的安定性を著しく損なうことになるので,特段の事情のある例外的な場合を除くほか,許されないというべきである。
そして,特段の事情があるか否かの判断に当たっても,出願人と,本来商標登録を受けるべきと主張する者(例えば,出願された商標と同一の商標を既に外国で使用している外国法人など)との関係を検討して,例えば,本来商標登録を受けるべきであると主張する者が,自らすみやかに出願することが可能であったにもかかわらず,出願を怠っていたような場合や,契約等によって他者からの登録出願について適切な措置を採ることができたにもかかわらず,適切な措置を怠っていたような場合(例えば,外国法人が,あらかじめ日本のライセンシーとの契約において,ライセンシーが自ら商標登録出願をしないことや,ライセンシーが商標登録出願して登録を得た場合にその登録された商標の商標権の譲渡を受けることを約するなどの措置を採ることができたにもかかわらず,そのような措置を怠っていたような場合)は,出願人と本来商標登録を受けるべきと主張する者との間の商標権の帰属等をめぐる問題は,あくまでも,当事者同士の私的な問題として解決すべきであるから,そのような場合にまで,「公の秩序や善良な風俗を害する」特段の事情がある例外的な場合と解するのは妥当でない。」
2 3条1項柱書について
本件では、47条1項の趣旨から3条1項柱書違反を理由とする無効主張は排斥されており、3条1項柱書の適合性について判断はなされていないが、3条1項柱書の適合性については次の各裁判例が参考になる(下線太字は筆者による)。
(参考裁判例)
知財高判平成24年5月31日・平成24年(行ケ)第10019号
「被告は,他者の使用する商標ないし商号について,別紙2のとおり多岐にわたる指定役務について商標登録出願をし,登録された商標を収集しているにすぎないというべきであって,本件商標は,登録査定時において,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標に当たらない上,被告に将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思があったとも認め難い。
これに対し,被告は,平成20年から,いわゆるシニア起業を協力者1名とともに計画し,予定業務について前広に商標の出願登録を行うとともに,飲食店の開業を目指し,神奈川県西部を中心に,いわゆる居抜きの店舗を探していたが,円高不況,大震災等により開業リスクが高まったため,一時開業を見合わせており,経済情勢の好転を待って小規模でも開業する予定であるなどとあいまいな主張をするのみで,これを裏付ける証拠を一切提出しておらず,その主張は,にわかに措信し難い。
したがって,本件商標は,その登録査定時において,被告が現に自己の業務に係る商品又は役務に使用をしている商標にも,将来自己の業務に係る商品又は役務に使用する意思のある商標にも当たらず,本件商標登録は,「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」に関して行われたものとは認められず,商標法3条1項柱書に違反するというべきである。」
東京地判平成23年10月28日・平成22年(ワ)第1232号
「現行の商標法は,商標の使用を通じてそれに化体された業務上の信用が保護対象であることを前提とした上で,出願人が現に商標を使用していることを登録要件としない法制(いわゆる登録主義)を採用したものであり,商標法3条1項柱書きが,出願人において「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」であることを商標の登録要件とした趣旨は,このような法制の下において,他者からの許諾料や譲渡対価の取得のみを目的として行われる,いわゆる商標ブローカーなどによる濫用的な商標登録を排除し,登録商標制度の健全な運営を確保するという点にあるものと解される。
そして,このような法の趣旨に鑑みれば,商標法3条1項柱書きの「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」とは,出願人において自己の業務に現在使用しているもの又は近い将来において自己の業務に使用する意思があるものであることを要するが,この「自己の業務」に該当するかどうかについては,形式的に判断することは必ずしも相当ではないというべきであり,専ら他者に使用させることを目的とする商標の登録出願であっても,出願人と当該商標を使用する他者の業務との間に密接な関係があって,出願人に当該商標の商標登録を認めることに社会的,経済的にみて合理的な必要性が認められる事情があり,濫用的な商標登録を排除するという法の趣旨にも反せず,かつ,当該商標を使用する役務に係る業務を行うことができる者が他の法令上制限されているときはその制限の趣旨にも反しないと認められる場合には,当該他者の業務を当該出願人の「自己の業務」と同視し,当該出願人において当該商標が「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」に当たると評価することができるものと解するのが相当である。」
