【地名の略称の識別力】
投稿日:2026年6月8日 |
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著者:弁理士 大塚 啓生
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参照条文/キーワード/論点 |
地名の略称の識別力/商標法3条1項3号 |
ポイント
※ 本件は、商標登録無効審判(無効2019-890067号)の請求不成立審決に対する取消訴訟である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 令和3年12月20日 |
| 事件番号 | 令和3年(行ケ)第10078号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
菅野 雅之
本吉 弘行 中村 恭 |
事案の概要
被告が有する商標登録第6080857号「ベガス」(以下、「本件商標」という。)に対し、原告が商標法3条1項3号に該当するとして商標登録無効審判を請求したところ、特許庁の審判において請求不成立の審決がされたため原告が上訴した事件。裁判所は、原告の請求は理由がないとして審決を維持した。
争点
地名の略称についての識別力
判旨
1.認定事実
後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実は、次のとおりである。
(1)「ラスベガス」の語について
「ラスベガス」の語は「Las Vegas」を日本語で表したものと認められるところ、スペイン語で肥沃な土地を意味する。
「ラスベガス」と称する有名な都市としては、少なくとも、米国ニューメキシコ州ラスベガスと米国ネバダ州ラスベガスの2か所が存在するが、我が国では、賭博を中心とする娯楽サービスを提供することでよく知られたネバダ州ラスベガス(「ラスベガス」)がまず想起される。
(2)「ベガス」の語について
ア 「精選版 日本国語大辞典 第三巻」(小学館、2006年)には、「ベガス」との見出し語に「『ラスベガス』の略称。」との説明が、「大辞林 第三版」(三省堂、2006年)には、「ベガス〖Vegas〗」との見出し語に「ラスベガスの略称。」との説明が、「大辞泉【第二版】下巻」(小学館、2012年)には、「ベガス【Vegas】」との見出し語に「『ラスベガス』の略称。」との説明が、「現代用語の基礎知識カタカナ外来語略語辞典第5版」(自由国民社、2013年)には、「ベガス【和←Las Vegas】」との見出し語に「ラスベガス。アメリカのネバダ州の賭博と娯楽の都市。」との説明がそれぞれ掲載されている。
イ 別紙「記事一覧」記載の各記事(いずれもインターネット版を含む。)が新聞又は雑誌に掲載されている(なお、原告が提出するその余の証拠に係るその他の記事は、「ベガス」の語が法人名、店名又はサービス名・商品名の一部を構成しているにすぎないものや、「ベガス」の語を掲載するウェブサイトの利用者数の程度が本件証拠上全く把握できないものであり、いずれも又はこれらを併せても「ベガス」の語の周知度の認定を左右するに足るものではない。)。
2.検討
(1)前記1.(2)アの事実によると、「ベガス」の語が有する意味として、少なくとも、ラスベガスの略称が含まれることは明らかである。しかしながら、辞典はその語の内容を示すものにすぎないから、辞典に掲載されているからといって、直ちに、その語が広く一般に知られていることを示すものではないし、辞典はそれぞれに掲載基準が異なるから、ある語がどの辞典に掲載されどの辞典に掲載されていないかや、その語が掲載された辞典の数の多寡によって、直ちに、その語が広く一般に知られているか否かが判明するものでもない。
そこで、実際の用例をみてみると、前記1.(2)イのとおり、全国紙若しくはその地方版、全国誌又はそれらに関係するウェブサイトに「ベガス」がラスベガスの略称として用いられた例が相当数あることが見て取れ、その中には、当時我が国では著名であった事件に関するもので、本件商標出願時より約40年前に発刊されたもの(別紙「記事一覧」②)も存在する。しかしながら、 それら記事を子細にみると、そのほとんどは、「ベガス」の語が見出しにのみ用いられ、記事本文中では「ベガス」の語ではなく「ラスベガス」の語が用いられているものであって(同⑬はそもそも記事本文が不明である。)、そのほか、ほぼ全てが、記事本文中に「ベガス」の語が米国内の地名であることを推知する記載があったり、記事内容が賭博に関する事実を報道する文脈で用いられているものである。
そうすると、本件証拠からは、ラスベガスの略称を意味するために「ベガス」の語を単独で用いることが我が国で定着しているものとは認め難く、「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られているとまでは認め得ない。
(2)「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られているとまで認め得ないことは前記(1)のとおりであるが、無効審判請求の対象役務である「娯楽施設の提供」の役務の関係において本件商標に接した取引者・需要者については、これと異なる事情が存在するか否かについて、更に検討する。
役務が「娯楽施設の提供」である以上、国外の地であるラスベガスがその提供の場所を表すものとは、通常理解され難い。また、我が国では「ラスベガス」の語と賭博場のイメージとが観念上強固に結び付いているところ、「娯楽施設の提供」の役務の中には、本来、「賭博場の提供」の役務は含まれないと解されることにも鑑みると、取引者・需要者は、「娯楽施設の提供」の役務との関係において本件商標に接したとしても、ラスベガスを直ちに想起し、あるいは役務の質や内容がラスベガスに関連のあるものであると理解するとはいえず、「ベガス」の語からなる本件商標は、自他役務の識別標識としての機能を果たし得ないとはいえないというべきであり、「娯楽施設の提供」の役務において、「ベガス」の語がラスベガスとの関連性を表示するものとして取引上一般に用いられている事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、「娯楽施設の提供」の役務についてみても、「ベガス」の語がラスベガスの略称として広く一般に知られていると認めることはできないから、その余の点について検討するまでもなく、本件商標は商標法3条1項3号の商標とはいえないというべきである。
3.原告の主張について
(1)原告は、「ベガス」の語がラスベガスの略称として我が国の代表的な国語辞典に該当する複数の辞典に掲載されているから、これを掲載していない辞典があっても「ベガス」の語が広く一般に広く知られた語でないとはいえない旨主張するが、前記2.(1)に説示するとおり、辞典への掲載の事実からは、その語が広く一般に知られているとも知られていないとも両様にいえることであり、周知性の有無に直結するものではないから、その主張を採用することはできない。
(2)原告は、見出しは、読者が記事内容を一見して把握することができるように構成されたものであるから、「ベガス」の語がラスベガスの略称であることを読者が認識できることが前提とされている旨主張する。
しかしながら、見出しは、記事内容を厳しい字数制限の下に端的に示さなければならないものであり、記事の性質によっては広く一般に知られている語のみから構成できない場合もあり、あくまで記事本文と一体となって情報を伝えるものであるから、見出しに用いられているからといって、その語が広く一般に知られているものであるとは直ちにいえない。現に、ラスベガスの略称として「ベガス」の語を使用した記事のほとんどにおいて、記事本文では「ラスベガス」の語が改めて用いられていることは、前記2.(1)に説示するとおりであり、これは、「ベガス」の語単体では読者にラスベガスと理解されないことに備えたものと解される。そうすると、見出しに「ベガス」の語が用いられていたとしても、このことから、この語がラスベガスの略称として広く一般に知られていることが裏付けられているとはいい難い。
したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
(3)そのほかにも、原告はるる主張するが、いずれの点についても、前記(1)の認定判断を左右し得ない。
解説/検討
本件は、地名の略称が、商標法3条1項3号にいう「役務の提供の場所又は質」に該当するか争われた事案である。争点となったのは、「ベガス」が「ラスベガス」の略称として一般的に認識されているか否かであったが、本判決では否定されている。
ここで、地名についての商標法3条1項3号の該当性について、審査基準では次のように記載されている。
(1)商標が、国内外の地理的名称(国家、旧国家、首都、地方、行政区画(都道府県、市町村、特別区等)、州、州都、郡、省、省都、旧国、旧地域、繁華街、観光地(その所在地又は周辺地域を含む。)、湖沼、山岳、河川、公園等を表す名称又はそれらを表す地図)からなる場合、取引者又は需要者が、その地理的名称の表示する土地において、指定商品が生産され若しくは販売され又は指定役務が提供されているであろうと一般に認識するときは、商品の「産地」若しくは「販売地」又は役務の「提供の場所」 に該当すると判断する。
(2)商標が、国家名(国家名の略称、現存する国の旧国家名を含む。)、その他著名な国内外の地理的名称からなる場合は、商品の「産地」若しくは「販売地」又は役務の「提供の場所」に該当すると判断する。
これは、ワイキキ事件及びジョージア事件の最高裁判決の解釈に従った内容となっている。
<ワイキキ事件>(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決)
「商標法三条一項三号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは、このような商標は、商品の産地、販売地その他の特性を表示記述する標章であつて、取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから、特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに、一般的に使用される標章であつて、多くの場合自他商品識別力を欠き、商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。」
<ジョージア事件>(最高裁昭和61年1月23日第一小法廷判決)
「商標登録出願に係る商標が商標法三条一項三号にいう『商品の産地又は販売地を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標』に該当するというためには、必ずしも当該指定商品が当該商標の表示する土地において現実に生産され又は販売されていることを要せず、需要者又は取引者によつて、当該指定商品が当該商標の表示する土地において生産され又は販売されているであろうと一般に認識されることをもつて足りるというべきである。」
上記最高裁判決を受け、現在の商標法3条1項3号や6号に該当するような商標は、①特定人に独占的使用を認めることは公益上適当でなく(独占適応性)、②一般的に使用されているなどの事情により自他商品等識別力を欠く、と考えるのが通説となっている。そして、3号にいう「産地」や「役務の提供の場所」については、商標が示唆する土地において現実にその役務が提供されていることは必要なく、需要者等が役務の提供場所と一般に認識されることをもって足りると解釈されている。すなわち、商標が特定の地名として需要者等に認識される場合は、現にその土地で役務の提供がされていない場合でも、商標法3条1項3号に該当するということである。
この点、本判決においては、「ベガス」が「ラスベガス」の略称として一般的に認識されないと判断しているが、その結論はさておき、裁判所が判示した理由、特に、辞書等に掲載されていることは広く認識されているとする根拠としては不十分と判断したことはやや厳しいようにも感じる。辞書等に掲載があるということは、「ベガス」が「ラスベガス」の略称として一般名称化していることを明確に示しているようにも思えるが、この事実が参酌されないとすると、一般的に認識されていることを示すことのハードルはかなり高くなってしまう気がする。例えば、SIDAMO事件1 では、「辞書・辞典類にも『シダモ』(『SIDAMO』)の項目がないこと」を一つの理由として挙げて、商品の産地・販売地に該当しないと判断している。
また、識別力が争われた事案ではないが、商標法4条1項7号の該当性が争われた「GALAPAGOS」(不服2011-20793。ガラパゴス諸島の略称として認定)や「LEBANON」(不服2004-474。レバノン共和国の略称と認定)では、辞書に掲載されていることも考慮して広く認識されていると判断されている。
なお、本判決と並行して「VEGAS」(第6080858号)についても商標法3条1項3号が争われているが、本判決と同様の内容で3号の該当性が否定されている 2。
また、本判決より前には、当事者間で不使用取消審判の取消審決に対する取消訴訟があり、被告による「ベガス」の使用が認められている3 。両者の争いは今後も続くのかもしれない。
1知財高裁平成21年(行ケ)第10226号。「SIDAMO」はエチオピアの地名。
2令和3年12月20日判決 知財高裁令和3年(行ケ)第10078号事件
3令和3年2月3日判決知財高裁令和2年(行ケ)第10091号事件
