【不使用取消審判の請求人適格に違反した場合の権利濫用該当性】

 

投稿日:2026年6月29日

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著者:弁理士 大塚 啓生
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

権利濫用/商標法第50条1項

ポイント

本件は、不使用取消審判の取消決定に対する取消訴訟である。争点は、権利濫用による商標法50条1項の請求人適格性である。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和4年2月10日
事件番号 令和2年(行ケ)第10114号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
大鷹 一郎
小川 卓逸
小林 康彦
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)


事案の概要

被告が、商標登録第5674320号「画像」(以下、「本件商標」という。)に対して不使用取消審判を請求し、特許庁の審判において取消決定がされたため原告が上訴したところ、裁判所においては、被告による不使用取消審判の請求は権利濫用に該当すると判断された。


争点

権利濫用による商標法50条1項の請求人適格性


判旨

1.認定事実
 被告は,適式な呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず,答弁書その他の準備書面を提出しないから,原告主張の請求原因事実については争うことを明らかにしていない。
 そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告及び原告が設立したBoast,Inc(以下「ボースト社」といい,原告及びボースト社を併せて「原告ら」という。)は,昭和48年(1973年),米国フロリダ州において,「BOAST」ブランドに係る事業を立ち上げ,以後,主として米国内のスポーツクラブ,カントリークラブ,リゾート施設,スポーツチーム等に対し,「BOAST」ブランドに係る商標を使用して高級スポーツ衣類を販売してきた。
(2)原告らは,平成22年(2010年),Branded Boast,LLC(以下「ブランデッドボースト社」という。)に対し,米国内での「BOAST」ブランドに係る事業を売却し,これに伴い原告らが保有する「BOAST」ブランドに係る米国登録商標を譲渡した。
 他方で,原告らは,米国を除く日本,中国,タイ等の国における「BOAST」ブランドに係る登録商標を引き続き保有し,これらの国で「BOAST」に係る事業を行う権利を留保した。
(3)原告は,平成24年(2012年)5月9日,日本において,本件商標の登録出願をし,平成26年(2014年)5月30日,本件商標の設定登録を受けた。
(4)その後,原告らとブランデッドボースト社との間で,米国及びその他の国における「BOAST」ブランドに係る事業の取扱いに関し,法的紛争が生じた。
 原告らとブランデッドボースト社は,平成27年(2015年)11月4日,米国フロリダ州南部地区連邦地方裁判所において,和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。
 本件和解契約には,①原告らは,「BOAST」の商号で「BOAST」商標を付した商品を米国外で自由に販売することができることを確認する旨の条項(12項),②ブランデッドボースト社は,世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の条項(14項)が含まれていた。
(5)被告は,平成29年(2017年)10月3日,ブランデッドボースト社から,米国内の「BOAST」ブランドに係る事業を買収し,同社が保有する「BOAST」ブランドに係る米国登録商標の移転を受け,これに伴い,ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継した。
(6)被告は,平成29年(2017年)12月頃,原告に対し,原告が保有する「BOAST」ブランドに係る本件商標を含む日本及びその他の国の登録商標の買取りを打診した。原告らと被告は,平成30年(2018年)2月15日付けで秘密保持・不使用契約を締結した上で,上記買取りについて協議を続けたが,合意には至らず,平成30年(2018年)3月,上記協議は中断した。
(7)被告は,平成30年(2018年)9月13日,本件商標の登録商標について,本件審判を請求した。
 特許庁は,令和2年(2020年)5月12日,原告が本件審判の請求の登録前3年以内(要証期間内)に日本国内において原告,専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが本件審判の請求に係る指定商品について本件商標を使用していた事実を証明したものと認められず,また,本件審判の請求が信義則違反又は権利の濫用に該当するものとはいえないなどとして,本件商標の商標登録を取り消すとの本件審決をした。

2.取消事由(信義則違反又は権利の濫用の判断の誤りの有無)について
(1)原告らとブランデッドボースト社が平成27年(2015年)11月4日に締結した本件和解契約には,①原告らは,「BOAST」の商号で「BOAST」商標を付した商品を米国外で自由に販売することができることを確認する旨の条項(12項),②ブランデッドボースト社は,世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の条項(14項)が存在することは,前記1.(4)認定のとおりである。
 前記1.認定の本件和解契約締結に至る経緯,本件和解条項12項及び14項の文言に鑑みると,本件和解条項14項の「世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない」にいう「妨害しない」との文言は,ブランデッドボースト社が,原告らが有する米国外で商標登録された「BOAST」ブランドに係る商号権及び商標権の有効性を争わない義務(いわゆる不争義務)を負うことを定めた趣旨を含むものと解される
 そうすると,ブランデッドボースト社は,本件和解契約に基づき,原告に対し,本件商標の商標権について不争義務を負うものと認められる。そして,前記1.(5)認定のとおり,被告は,平成29年(2017年)10月3日,ブランデッドボースト社から,米国内の「BOAST」ブランドに係る事業を買収し,同社が保有する「BOAST」ブランドに係る米国登録商標の移転を受け,これに伴い,ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継したのであるから,被告は,原告に対し,本件和解契約に基づいて,本件商標の商標権について不争義務を負うものと認められる
(2)商標法50条1項が,「何人も」,同項所定の商標登録取消審判を請求することができる旨を規定し,請求人適格について制限を設けていないのは,不使用商標の累積により他人の商標選択の幅を狭くする事態を抑制するとともに,請求人を「利害関係人」に限ると定めた場合に必要とされる利害関係の有無の審理のための時間を削減し,審理の迅速を図るという公益的観点によるものと解される。
 一方で,商標権に関する紛争の解決を目的として和解契約が締結され,その和解契約において当事者の一方が他方(商標権者)に対して当該商標権について不争義務を負うことが合意された場合には,そのような当事者間の合意の効力を尊重することは,当該商標権の利用を促進するという効果をもたらすものである。また,このように当事者間の合意の効力を尊重するとしても,第三者が当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは可能であるから,上記公益的観点による利益を損なうものとはいえない
 したがって,和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が,当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは,信義則に反し許されないと解するのが相当である。
 しかるところ,前記(1)認定のとおり,被告は,原告に対し,本件和解契約に基づいて,本件商標の商標権について不争義務を負うものであるから,被告による本件審判の請求は,信義則に反し,許されないというべきである。
 これと異なる本件審決の判断は誤りである。
 したがって,原告主張の取消事由は理由がある。

解説/検討

 本判決は、商標法第50条1項の不使用取消審判の請求人適格について、請求人と被請求人の間で不争義務を課した和解契約が存在する場合には、不使用取消審判の請求は信義則に反するため許されないという解釈を示した点で実務上参考になる。
 注目すべきは、特許庁の審判と知財高裁で判断が分かれたことにある。審判では次のように判断して、被告の権利濫用を認めなかったが、知財高裁とは「権利について妨害しないこと」の解釈に違いがあった。もちろん、原告の主張立証が十分でなかったとも考えられるが、特許庁の審判においてリーディングケースとなるような判断を下すことを避けたのかもしれない。

<審決の判断>
■商標法第50条1項の規定は、平成8年法律第68号による改正前の商標法において、登録商標の不使用による取消審判の請求人適格について明示の規定がなかったことから、その反対解釈として、利害関係人に限って同審判を請求することができると解される余地が存在していたのを、「何人」にも認めることとし、その旨を法文上明示したものと解される。
 したがって、登録商標の不使用による取消審判の請求が、専ら被請求人を害することを目的としていると認められる場合などの特段の事情がない限り、当該請求が権利の濫用となることはないと解するのが相当である(知的財産高等裁判所 平成20年(行ケ)第10025号 平成20年6月26日判決言渡参照)。
■被請求人らとブランドボースト社との間で、互いの商号及び商標に係る権利について妨害しないことを含む本件和解契約が結ばれていたことは窺えるものの、そのような当事者間の合意が、本件商標に対する不使用取消審判の請求までも禁止するものであるかは、証拠上明らかでなく、当該契約違反か否かは措くとしても、請求人による本件審判の請求が専ら被請求人を害することを目的としていると認められる事情を見いだすこともできない。
■不使用取消制度の趣旨からすれば、登録商標は使用をしているからこそ、保護を受けられるのであって、一定期間登録商標が使用されていない場合には、保護すべき信用が存しないのであるから、取り消されてもやむを得ないものである。
■なお、請求人と被請求人との登録商標買取り交渉が合意に至らなかった状況において、本件商標の不使用を理由として、請求人が本件審判請求を行ったとしても、そのこと自体は格別不自然とはいえない

<参考判決>
①知財高裁 平成20年(行ケ)第10025号
 ウエスコットは、遅くとも平成7年ころから、原告の関連会社であるボンテラアメリカの総輸入元(総代理店)として、本件商標や、「BonTerra」の文字、「ボンテラ」の文字などを用い、日本国内における本件商標の指定商品の販売等を開始し、平成8年1月24日、ボンテラアメリカから「BonTerraロゴ及び商標名」を使用することについて許諾を受けて、その使用を継続していた。ところが、同社は、平成17年4月18日、突然、原告から、原告の許諾なく、「BonTerra商標」を使用しているとして、当該商標の使用の停止を求められたことが認められる。
 そうすると、ウエスコットが、原告から、本件商標の通常使用権者であることを否定され、使用の停止を求められたため、ウエスコットの法務担当者である被告が、同社のために、本件商標についてその登録の取消しを求めて、本件審判請求に及んだのであって、被告ないしウエスコットの行動は、自然かつ合理的なものであるから、何ら権利の濫用に該当するものとはいえない。

②最高裁判所第3小法廷判決昭和61年4月22日 昭和58年(行ツ)第31号
 上告人による本件各使用商標の使用が被上告人の業務に係る商品である洋菓子と混同を生ずるもので、同法51条1項所定の要件を充たしているとしても、上告人が主張するとおり、本件各使用商標が本件和解において被上告人が上告人にその使用を認めたもの、換言すれば、被上告人がその登録商標に基づく禁止権を放棄したものに当たり、しかも、本件和解において、被上告人が上告人に対し、上告人が出願した本件登録商標に対する登録異議の申立を取り下げてそれが登録されることを認め、その対価として被上告人が和解金として上告人から120万円を受領し、その結果、上告人が本件各使用商標を使用継続したという事実が認められるとすれば、被上告人は、たとえ公益的性格を有する同項に基づいてであつても、自ら本件登録商標の登録を取り消すことについて審判を請求することは、信義則に反するものとして許されないものといわなければならない。

       

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