【「×」表示を含む結合商標における要部抽出の可否】
投稿日:2026年5月14日 |
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著者:弁護士 大野 浩之
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参照条文/キーワード/論点 |
商標法4条1項11号、結合商標 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和8年4月15日 |
| 事件番号 | 令和7年(行ケ)第10098号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
森冨 義明
菊池 絵理 頼 晋一 |
事案の概要
以下の「商標登録を受けようとする商標」に対して、肌構造サイエンス(標準文字)を引用商標として拒絶した審決の取消しを求める事案であり、商標法4条1項11号該当性が争点となる。
【商標登録を受けようとする商標】

争点に関する当事者の主張
原告の主張
・本願商標は、「乳酸菌サイエンス」「×」「肌構造サイエンス」が統一的・一体的に構成された結合商標であり、一部分のみを切り離して比較することは許されない。
・「×」記号によって上下部分が視覚的・観念的に結び付けられており、本願商標全体からは「乳酸菌についての科学的知識と肌構造についての科学的知識を掛け合わせた商品」という一体の観念が生じる。
・したがって、本願商標と引用商標は、外観・称呼・観念のいずれも異なり、商品出所の混同を生じないため、商標法4条1項11号には該当しない。
被告(特許庁)の主張
・本願商標は、「乳酸菌サイエンス」と「肌構造サイエンス」が「×」記号によって区切られ、視覚上独立した構成要素として認識される。
・「肌構造サイエンス」の部分は、指定商品との関係で独立した出所識別機能を有する要部であり、引用商標と同一の称呼・観念を生じる。
・そのため、本願商標は、要部である「肌構造サイエンス」部分に着目すると、引用商標と外観・称呼・観念が類似し、商品の出所について誤認混同を生じるおそれがあるから、商標法4条1項11号に該当する。
判旨
商標法4条1項11号に係る商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者や需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかも、その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
また、商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別されるものであるから、複数の構成部分を組み合わせた結合商標について、その構成部分の一部を抽出し、この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは原則として許されないというべきであるが、実際の取引において、各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標については、常に必ずしも構成部分全体によって称呼、観念されるわけではなく、その一部のみによって称呼、観念されることがあることを踏まえると、商標の構成部分の一部が取引者や需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などには、その構成部分の一部を要部として抽出し、その部分のみを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されると解するのが相当である(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
(外観)
本願商標は、別紙1「本願商標」記載1のとおりの構成から成り、上段に、外側から中央に向けて灰色から白色にグラデーションが施された円図形内に「乳酸菌」と「サイエンス」の文字を上下二段に同じ幅で表し、中段に「×」の記号を配し、下段に、グラデーションが施された灰色の線で描かれた年輪様の円図形内に「肌構造」と「サイエンス」の文字を上下二段に同じ幅で表して成る結合商標である。そして、本願商標の上段部分の円図形と下段部分の円図形の大きさは同一であり、上段部分の「乳酸菌」と下段部分の「肌構造」の書体、文字数及び大きさは同一である。さらに、上段部分の「サイエンス」と下段部分の「サイエンス」の書体及び大きさも同一である(以下、これらを「本願商標の外観上の特徴」という。)。
(観念)
「乳酸菌」は「乳酸発酵に関与する細菌」(乙4)との、「サイエンス」は「科学」(乙5)との、「肌」は「人などの体の表面」(乙6)との、「構造」は「いくつかの材料を組み合わせてこしらえられたもの、又はそのしくみ、「くみたて」(乙7)との意味を有し、「×」は、掛け合わせる意味を有する乗算記号であるから、本願商標の構成中、上段部分からは「乳酸発酵に関与する細菌である乳酸菌に関する科学的知見」ほどの、中段部分からは「掛け合わせる」ほどの、下段部分から「人などの体の表面である肌のしくみ、くみたてに関する科学的知見」ほどの観念が生じ、本願商標の構成部分全体からは「乳酸菌に関する科学的知見と、肌の構造に関する科学的知見とを、掛け合わせたもの(商品)」ほどの観念が生ずると認められる。
以上を踏まえて、本願商標と引用商標の類否を検討すると、本願商標は、上段に、外側から中央に向けて灰色から白色にグラデーションが施された円図形内に「乳酸菌」と「サイエンス」の文字を上下二段に同じ幅で表し、中段に「×」の記号を配し、下段に、グラデーションが施された灰色の線で描かれた年輪様の円図形内に「肌構造」と「サイエンス」の文字を上下二段に同じ幅で表して成るものであるのに対し、引用商標は、「肌構造サイエンス」の文字を標準文字で横書きして成るものであるから、本願商標と引用商標が、外観において相違することは明らかである。
また、本願商標の構成部分全体からは「ニュウサンキンサイエンスカケルハダコウゾウサイエンス」との称呼が生じ、「乳酸菌に関する科学的知見と、肌の構造に関する科学的知見とを、掛け合わせたもの(商品)」ほどの観念が生ずるのに対し、引用商標からは「ハダコウゾウサイエンス」との称呼が生じ、「肌の構造についての科学的知見(を利用した商品)」ほどの観念が生ずるのであって、本願商標と引用商標は、称呼においても観念においても類似するとはいえない。
そうすると、本願商標及び引用商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者や需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察しても、両商標が同一の商品に使用された場合に、その商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるとは認められず、本願商標と引用商標は、非類似の商標というべきである。
この点、被告は、本願商標と引用商標は、その要部の比較において外観が相紛らわしく、称呼及び観念が共通することから、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがある旨の主張をする。
しかしながら、前記のとおり、商標は、その構成部分全体によって他人の商標と識別されるものであるから、複数の構成部分を組み合わせた結合商標について、その構成部分の一部を抽出し、この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、商標の構成部分の一部が取引者や需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、原則として許されないというべきである。
これを本件について見ると、本願商標は、別紙1「本願商標」記載1のとおりの構成から成るところ、その外観、称呼、観念に照らすと、本願商標の下段部分の文字部分(「肌構造サイエンス」)のみが独立して見る者の注意をひくように構成されていて、同部分が取引者や需要者にその指定商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認めるのは困難である。また、本願商標の構成中の図形部分や、ありふれた乗算記号である「×」の記号はともかく、上段部分の文字部分(「乳酸菌サイエンス」)については、これを商品の品質等を普通に用いられる方法で表示するものとはいえず、そこからは、「ニュウサンキンサイエンス」との称呼、及び、「乳酸発酵に関与する細菌である乳酸菌に関する科学的知見」ほどの観念が生ずるのであって、指定商品との関係において、下段部分の文字部分以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認めるのも困難である。そして、実際の取引において、本願商標が下段部分の文字部分のみによって称呼、観念されているなどの実情にあることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本願商標の外観上の特徴に加え、その構成部分全体から生ずる称呼がやや冗長であることや、商取引においては、コラボ商品等を中心として、複数の独立したブランド名又は名称を併記する際、その間に「×」の記号を配置する表示が広く採択、採用されていること(乙8~17)を併せ考慮しても、本件において、本願商標の下段部分の文字部分のみを引用商標と比較して商標の類否を判断することは許されず、その構成部分全体を引用商標と比較して商標の類否を判断すべきである。被告の主張は、前提を異にするもので、採用することができない。
解説/検討
本件は、結合商標における「要部抽出」の可否が中心的争点となった事例である。
特に、「×」記号を含む商標、複数ブランド・複数概念を組み合わせた表示、コラボレーション型表示について、どのように商標の類否判断を行うべきかを示した点に意義がある。
裁判所は、本願商標を全体として一体的に把握すべきと判断し、「肌構造サイエンス」部分のみを抽出した特許庁の判断を否定した。
特許庁は、「×」の前後を分離して判断したが、本件判決は、全体観察を優先すべきことを示した。
本件のように「A × B」型商標を出願する場合には、書体統一、図形統一、配置の整合性を意識的に設計することで権利取得可能性が高まると言える。
本件判決は、結合商標に対する安易な要部抽出を戒め、商標全体から生じる統一的印象を重視した事例と評価できる。
