【商標の類否と誤認混同のおそれの有無 (Zoom事件)】
投稿日:2026年7月16日 |
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著者:弁護士 山口 裕司
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参照条文/キーワード/論点 |
商標の類否/取引の実情/誤認混同のおそれ |
ポイント
東京地裁は、「被告各標章は、これをウェブ会議サービスに関する事項において使用する場合、令和2年6月までは、一般の需要者において、原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあったと認められるものの、同年7月以降については、これが被告の出所を識別する著名な表示として認識されることになった結果、もはや原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあると認めることはできない。」と判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第29部 |
| 判決言渡日 | 令和8年4月24日 |
| 事件番号 | 令和3年(ワ)第30910号 |
| 事件名 | 商標権侵害行為差止等請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
澁谷 勝海
本井 修平 浅川 浩輝 |
事案の概要
●事案の概要
本件は、別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有する原告が、被告による別紙被告標章目録記載1ないし5(以下、同目録の番号に応じて「被告標章1」などといい、これらを併せて「被告各標章」という。)の使用により本件商標権が侵害されたと主張して、被告に対し、商標法36条1項及び同条2項に基づき、被告各標章の使用の差止め及び広告からの削除を求めるとともに、民法709条に基づき、損害賠償金の一部である3億円及びこれに対する令和4年3月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金を、選択的に、被告が被告各標章を使用することで法律上の原因なく利益を受け、原告はライセンス料相当額の損失を被ったと主張して、被告に対し、民法703条及び704条に基づき、利得金の一部である3億円及びこれに対する同日から支払済みまで上記割合による利息の支払を求める事案である。
判旨
3 争点2(本件商標と被告各標章の類否)について
・・・
(イ) 上記(ア)の事実によれば、新型コロナウイルスの感染拡大等に伴う社会状況の変化を受け、本件サービスを含むウェブ会議システムの利用率は大幅に伸び、その中で被告による本件サービスのシェアも大幅に増加した結果、令和2年7月以降におけるウェブ会議サービスとしての「Zoom」の認知度が74.7%という圧倒的な数値に達するなど、「Zoom」を含む被告各標章については、遅くとも同月以降、ウェブ会議サービスに関する事項に使用する場合、一般の需要者において、被告の出所を識別する著名な表示として認識されていたものと認められるから、本件商標と被告各標章の類否を検討する上においても、かかる事情は取引の実情として考慮するのが相当と認められる。
(ウ) これに対し、原告は、商標の類否判断に当たり考慮することができる取引の実情は、指定商品や役務の全般についての一般的、恒常的なものであって、単に当該商標が現在使用されている商品や役務についてのみの特殊的、限定的な事情は含まれないと解すべきであり、被告各標章が周知・著名であるかといった局所的あるいは浮動的な現象は、取引の実情として考慮すべきではないと主張する。
しかし、商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきものであるから、その判断に当たり考慮すべき取引の実情について、指定商品や役務の全般についての一般的、恒常的なものに限定されるものと解すべき理由はなく、原告の上記主張は採用することができない。
キ 以上を前提に、本件商標と被告各標章の類否を検討する。
上記アないしオのとおり、本件商標と被告各標章は、本件商標が多分にデザイン化され、一見すると多様な見方が生じ得るものであるため、外観上の差異があることは否定することができないものの、両者はアルファベットの「ZOOM」又は「Zoom」の文字それ自体ないしこれをデザイン化したものである点で共通しており、その意味でいずれも外観において類似しているものといえ、また、称呼及び観念において同一であるから、両者の外観、観念及び称呼を全体的に考察すれば、一応類似するものということができる。
もっとも、本件証拠上、原告において本件商標をウェブ会議サービスに使用していることは認められないのに対し、上記カのとおり、取引の実情として、被告各標章については、令和2年7月以降、ウェブ会議サービスに関する事項に使用する場合には、一般の需要者において、被告の出所を識別する著名な表示として認識されていたことが認められる。
以上を総合して全体的に考察すれば、被告各標章は、これをウェブ会議サービスに関する事項において使用する場合、令和2年6月までは、一般の需要者において、原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあったと認められるものの、同年7月以降については、これが被告の出所を識別する著名な表示として認識されることになった結果、もはや原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあると認めることはできない。
なお、原告は、本件ソフトウェアの利用方法等について原告に問い合わせる例が相次いでいることなど、現に誤認混同が生じていると主張するが、原告が主張する事例は、いずれも原告の商号をもって本件サービスを提供するものであると誤認したものと解することができるのであって、本件商標と被告各商標が類似していることに起因するものとは直ちに認め難いから、原告の上記主張は採用することができない。
また、原告は、商標権者の商品等の出所が侵害者であると誤認混同させる場合である、いわゆる「逆混同」も商品の出所に係る誤認混同に当たると主張するが、本件商標が付された原告の製品につき、その出所が被告であると誤認混同するような事例が生じていることや、そのようなおそれがあると認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は採用することができない。
4 争点3(商品、役務の類否)について
(1) 商品、役務の類否判断の基準
指定商品・役務が類似のものであるかどうかは、それらの商品・役務が通常同一営業主により製造・販売又は提供されている等の事情により、それらの商品・役務に同一又は類似の商標を使用する場合には、同一営業主の製造・販売又は提供する商品・役務と誤認されるおそれがあると認められる関係があるか否かによって判断するのが相当である(最高裁昭和33年(オ)第1104号同36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁参照)。
(2) 本件サービスの提供
本件サービスは、本件クラウドプログラムをユーザーに提供することで実現されているところ、本件クラウドプログラムについては、これがユーザーに提供され、ユーザーにおいてパソコンのブラウザやスマートフォンから接続することで本件サービスを利用することができるようになるものであるから、本件クラウドプログラムの提供は「電子計算機用プログラムの提供」に該当し、当該役務と本件商標の指定商品である「電子計算機用プログラム」は、これらに同一又は類似の商標を使用する場合には、同一営業主の製造・販売又は提供する商品・役務と誤認されるおそれがあると認められる関係にあるから、類似するものであると認められる。
これに対し、被告は、被告が被告各標章を付して提供しているのはウェブ会議サービスである本件サービスであり、第38類の「テレビ会議用通信端末による通信、ビデオによる遠隔会議、テレビ会議通信端末による通信、ウェブ会議通信」に該当するとし、ウェブ会議サービスと「電子計算機用プログラム」では、その用途も機能も全く異なるものであるし、その販売方法や提供方法も必ずしも一致しないとして、非類似であると主張する。しかし、本件商標の指定商品である「電子計算機用プログラム」について用途等の限定はなく、本件クラウドプログラムの提供がウェブ会議サービスである本件サービスの提供を目的とするものであるとしても、上記判断を左右するものではない。
したがって、本件サービスの提供における被告標章1、2及び4の使用は、本件商標の指定商品と類似する役務の提供についての使用と認められる。
(3) 本件ソフトウェア
本件ソフトウェアが、商標法が規定するの「商品」に当たることは、上記2(2)のとおりである。
そうすると、本件ソフトウェアは、「電子計算機用プログラム」に当たると認められるから、本件ソフトウェアにおける被告各標章の使用は、本件商標の指定商品と同一の商品についての使用と認められる。
なお、本件ソフトウェアがウェブ会議サービスである本件サービスのみに用いられるものであるとしても、上記(2)と同様に、上記類否の判断を左右するものではない。
(4) 本件ウェブサイト及び本件ダウンロードページ
上記2(3)ウのとおり、被告は、本件ウェブサイト及び本件ソフトウェアのダウンロードページにおいて、本件クラウドプログラムの提供により実現されている本件サービスや本件ソフトウェアの内容、機能等を紹介等しているところ、本件クラウドプログラムの提供における被告標章1、2及び4の使用は、本件商標の指定商品と類似する役務の提供についての使用と認められることは、上記(2)及び(3)のとおりである。
5 争点4(差止請求の可否)について
原告の被告に対する本件商標権に基づく差止請求の可否につき、その判断の基準時は口頭弁論終結時であるところ、上記3のとおり、令和2年7月以降は、被告各標章の使用につき、本件商標との間で出所の誤認混同を認めることはできないから、口頭弁論終結時点において、本件商標権の侵害は認められない。
したがって、原告の被告に対する本件商標権に基づく上記使用の差止請求は理由がない。
7 争点6(登録商標使用の抗弁)について
(1) 被告は、被告による被告各標章の使用は、被告が保有する本件関連商標1及び2の使用であるから、被告の当該商標に係る専用使用権の範囲内の行為であると主張する。
しかし、上記3及び4のとおり、令和2年6月以前の時点における被告による被告各標章の使用は、本件商標と類似する標章を、本件商標の指定商品と同一又は類似する商品又は役務に使用するものであるから、仮に被告が被告標章1について商標登録し、上記使用が被告の保有する登録商標についての指定商品又は役務に係る使用に当たるとしても、本件商標権の侵害行為に係る上記判断を左右するものではない。
なお、本件関連商標2に関しては、令和2年6月よりも後に商標登録されたものであるから、当該商標の使用は、同月以前の本件商標権の侵害行為に係る上記判断を左右するものではない。
(2) また、被告は、被告が訴外トンボから移転を受けた本件関連商標3を使用するものであるとも主張するが、当該移転の登録日は令和6年4月22日であるから、当該商標の使用は、同目録記載2と同様に、令和2年6月以前の本件商標権の侵害に係る判断を左右するものではない。
解説/検討
矢野邦雄・最高裁判所判例解説民事篇昭和43年度56頁〔しょうざん事件〕は、「その商標の使用によって既登録の商標との間に一般的には取引上商品の出所の混同のおそれが考えられないではないにしても、具体的取引事情のもとではそのようなおそれのないことを認めうる場合」について検討し、「取引事情のごとき固定するものではなく、時とともに変遷があり、これに伴って商標の類似範囲にも変動があろう。」と述べた上で、「判断時において具体的事情として商品の出所混同のおそれがなければ、その商標を非類似と認めて妨げない」と述べている。
最高裁昭和49年4月25日判決〔保土谷化学工業社標事件〕は、「商標の類否判断に当たり考慮することのできる取引の実情とは、その指定商品全般についての一般的、恒常的なそれを指すものであつて、単に該商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的、限定的なそれを指すものではないことは明らかであり、所論引用の判例も、これを前提とするものと解される。」と判断したことがあるが、本判決は、「取引の実情について、指定商品や役務の全般についての一般的、恒常的なものに限定されるものと解すべき理由はな」いとして、原告の主張を採用しなかった。
東京高判平成2年9月10日判決〔KODAK事件〕のように、「本願商標は極めて著名な商標であり、また引用商標も著名な商標であるから、本願商標がたとえ「化学品」について著名でないとしても、本願商標をその指定商品に使用し、あるいは「コダック」の称呼をもって取引がなされた場合、その取引者、需要者は、当該商品は、原告の製造販売にかかるものであると認識する蓋然性が極めて高く、それが引用商標の商標権者の製造販売にかかるものであるかのような印象を一般に与え、商品の出所につき混同を生ぜしめるおそれがあるものとは認めがたく、この点において、本願商標は、引用商標に類似しないものと解するのが相当である。」として、「コダック」と「コザック」の類似を認めなかった例がある。
また、知財高裁平成25年3月21日判決〔ローズオニールキューピー事件〕のように、「本件商標は,・・・指定役務のうち「飲食物の提供」に使用される場合には,本件商標のうち「KEWPIE/キューピー」の部分だけを他の商標と比較することで類否を判断することができるものというべきである。」として、「本件商標は,指定役務のうち「飲食物の提供」に使用する場合,引用商標1ないし4及び7とは類似する商標であるというほかない。」としつつ、「本件商標の指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務に係る取引に当たり,取引者,需要者が,「ROSEO’NEILL/ローズオニール」との部分が付加された本件商標と,「キューピー」との称呼及び観念が生じる引用商標とで出所について混同を生じる実情があるとは認められない。」として、「本件商標は,指定役務のうち「飲食物の提供」以外の役務に使用する場合,引用商標1ないし7とは非類似の商標であるといえる。」として、指定役務によって、類似と判断される場合と非類似と判断される場合を分けた例もある。
本判決は、令和2年7月以降におけるウェブ会議サービスとしての「Zoom」の認知度が74.7%という圧倒的な数値に達するなどの事情を取引の実情として考慮して、「被告各標章は、これをウェブ会議サービスに関する事項において使用する場合、令和2年6月までは、一般の需要者において、原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあったと認められるものの、同年7月以降については、これが被告の出所を識別する著名な表示として認識されることになった結果、もはや原告の出所を識別するものとして誤認混同するおそれがあると認めることはできない。」として、使用する場面と時期について区別した上で誤認混同するおそれの有無を判断した点が注目される。
